19/09/03
セルゲイくんの髪がうっかり切られちゃう話。
大いに捏造。
日本翻訳が姉ではなく妹だったため成立しない捏造話になってしまったけど気に入ってるので姉のまま残します。
「ッ――セルゲイ!」
怒鳴るような大声が出る。ワークマンが取りこぼしてしまった魔獣の手から放たれた斬撃が空気を裂き、悪路に足を取られてふら付いているセルゲイへと飛んでいくのがまるでスローモーションのように見えたのだ。
セルゲイは声に反応したのか無意識だったのかはわからないが、足元に作り出した口の形をの次元関門へと落ちるように消え、魔獣の斬撃はふわりと風に煽られた長いアッシュブロンドだけをざくりといくつか切り捨てた。
続いて次元関門が魔獣の頭上に開く。後ろ髪がざんばらに短くなってしまったセルゲイが姿を現し、いつかに見たような殺意に満ちた視線を魔獣の項へ向けていた。
それは、セルゲイを拾って間もない頃。彼が姉のかたきを取った際の殺意によく似ていた。
「よくやった、セルゲイ。怪我は?」
ゆるり、と首を振る。右手から滴り落ちる魔獣の血を煩わしげに振り払い、深いため息を一つ。
髪を切られてしまった。痛みはないのに、胸が痛む。
師匠であるワークマンが大きな手で短くなってしまった髪を掬う。特に何も言わなかったがどことなく惜しんでいるようだった。
ゆるくウェーブした長いアッシュブロンドは、今は亡きセルゲイの姉とよく似ている。
――姉は殺された。カシュパにも所属出来ないような木っ端悪党にひどい目にあわされて、セルゲイを残して目の前で死んだ。いつだって思い出すたびに腹が煮えくり返り、次にその悪党を自らの手で殺したことを思い出して少しだけ溜飲を下げ、姉がいない事実に悲しむのだ。
髪を伸ばしているのは同じアッシュブロンドの髪を伸ばしていた姉を忘れぬため、姉の姿になぞらえて伸ばしていた。姉が死んだあの日からそうだった。
邪魔になるときもあるが慣れればなんてことはない。師匠も特に何も言わなかったし、むしろ気に入ってさえいるように見えたものだ。
だからこそ、胸が痛い。姉がまた目の前で死んでいったような、気分だ。
「そう気を立てるな」
する、と髪を撫でる師匠にそう言われぐっと顔を歪める。こればっかりはどうしようもなかった。忘れられないのだ。
今に至った理由。自分のオリジン。姉の死が今現在への道につながっていた。
姉は死に、使い方も知らぬ魔力を持った自分だけが生き残った。
魔力があったから師匠に拾われ、魔力の使い方を知り、強大な力を手に入れた。姉のかたきを討つことができた。真実への道を見出すことができた。
それでもやはり、胸のやわらかいところに杭のようなものが突き刺さって抜けないまま。
「ともかく一度戻るぞ。髪は……残念だった。帰ったら整えよう」
師匠には願掛けじみた姉への執着である髪の話はしたことはなかったが、彼は姉の死体を見ているしセルゲイが髪の手入れに力を入れて大事にしている様子も知っているので、なんとなく察しているようだった。
力なく頷いて師匠の顔を見上げた。師匠は気遣うような表情をしていたが一瞬でそれは引き締まり、いつもの威厳に満ちた厳しい顔に戻る。
「あまり油断をするな……と、言いたいところだが、あれは俺のミスだった。すまない」
そんなことはけして無い。頭を何度も左右に振る。魔獣に踏み荒らされた地面の足場が悪かったとはいえ、ふら付いていた自分が悪いのだ。
自らの至らなさが原因で姉を失った、姉を忘れぬための髪も失った――だめだ、気持ちがすべて後ろ向きになっている。精神が稀に見るほど最悪だった。拳を握り、マスクの下で唇を噛む。
「……セルゲイ」
ため息交じりの呼びかけ。
セルゲイは平均よりも大男であるが、それをずっと上回るワークマンは他愛もない様子でセルゲイをひょいと抱き上げた。戦闘後ゆえか今だに熱を持っているワークマンの腕はあたたかく、力強くセルゲイを支えてくれる。
「お前が無事でよかった」
ひゅ、と息を飲む。じわりと視界がにじんだ。
「……ぃ"、お"ォ……」
師匠、と。呼びかけようとしたが潰れた喉は濁音交じりの低い唸り声をあげるばかり。それでもワークマンは察してくれたようで、ポンポンと背中を軽く叩いた。
まるであやされる子どものようで恥ずかしくもあったが気にしている精神的余裕もなく、セルゲイはワークマンの逞しい胸に頬を擦り付けた。
つらくて、恋しくて、甘えたい気分だった。
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