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自分で選んだのは白いワンピース。
なんだろ、ここに来た最初に着てたから印象に残ってたのかもしれない。
あと単純にワンピースは着やすいから好き。
でもそれだとシンプルすぎるとかなんとか言って、お姉さんが色々持ってきた。
見たこともないくらい沢山の服が試着室の前に持ってこられて、私はひたすらそれを着たり脱いだりするだけだ。
好きに選んでおけといわれたものの、選んでいるのは私じゃなくてお姉さんな気がする……。
まさかとは思うが、高い順に持ってきたりしてないだろうか。スーパー不安。
「凄くお似合いですわ!」
さっきから何を着てもお姉さんが鏡の前に立つ私を誉め讃えてくれる。
きれいな服を着た、いつもの私。うーん……それほどでもないと思うんだけど。
何でも映えますわねとか言ってるお姉さんは、どうやら私のことを美人だと勘違いしているらしい。
とりあえず今着てるピンクっぽい服はナシかな。なんていうのかは分からないけど、背中チャックだから着難い脱ぎ難い。
もはや着易さを選ぶ基準にし始めてきた……私疲れてる……。
もともとファッションにそれほど関心があるわけでもないので、分からないものをいくつも持ってこられても、その、なんだ。困る。
「あの男性は旦那様ですか?」
「え?」
ピンクの服の背中のチャックを下ろしてもらっている時、お姉さんが返答に困る質問をしてきた。
えらく突っ込んでくる質問だけど、こういうのって普通なんだろうか。
ギギとの関係か……うーん、今のところまだ恋人になったわけではないし、かといって友人でもない。
なんといえば言いのだろう。殺したり殺されたりする知り合い……。
だめだ、的確な表現が見つからない。黙ってよう。
「素敵な方ですわ」
お姉さんはそんなことを言って微笑んでいるけれど、多分彼女はお金しか見てない。
私が言うのもなんだけどギギは恋人にしたくない系男子だと思う。
だって殺してくるよ?死ぬよ?私は殺されたいからもうドの付くほどタイプだけどさ。
はあまじギギ結婚して欲しい。
そんなこんなでお姉さんと中身はないし噛み合いもしない会話をしつつ、着せ替え人形になりながら着易さとかを気に入った服を積み上げていく。
にしても、本当に好きに選んでるけどこんなに買って大丈夫なのかな。
ギギ怒らないかな。お金はあるって言ってたけど……。
ていうかこんな山になるほどの服持ち歩けなくない?あのマジックみたいな収納を使うのかな。にしたって限度ありそうだけど……。
悶々と考えつつも試着はやめない。
最終的に普段着系はほとんど着尽くして、着る機会のなさそうな黒いマーメイドドレスとやらを着せられていた時だ。
店にカランと入り口の鐘の音が響き、お姉さんが入り口の方をチラリと見て「帰ってこられましたよ」とにこやかに教えてくれた。
それを聞いて私はやっと試着地獄が終わるのかと思いながら振り返り、入り口に立っている彼を見て表情を明るくする。
「ギギ!」
満面の笑みを浮かべ、名前を呼びながら駆け寄る。
にしても歩きにくいなこの服。足にまとわりつくからちまちまとしか歩けないし、ヒールも相まってうっかりこけてしまいそう。買う必要無しポイント+3。
悪戦苦闘しつつちまちま歩み寄ると、ギギは少し驚いたような顔をして入り口に立ち尽くしていた。
「ギギ?…どうしたの?」
首を傾げるながらもう一度呼んでみるが、返事はない。
目は私の全身をくまなく眺めているようだが、何もしゃべらないし動かない。
……なんで硬直してるの?
少し不安げに顔を覗き込むと、ようやくギギの手が動き出す。
しなやかな冷たい手が私の頬を撫で、顎をなぞり、首へと滑る。
首に触れた中指の爪が皮膚を掻いた。
「どうです?お似合いでしょう?」
にこやかなお姉さんの声ではっとして、ギギは私から離れると口元を手で覆い顔を逸らした。
なにやら口元を覆う手が震えているが、別にこの場が寒いわけではないと思う。
じゃあなんでなのかって……まさかそんなに似合ってないのか……?
ドレスなんて着る機会もないし、似合ってないならますます買う必要無しだな。
私は少し引っかかれた首をシルクの手袋に包まれた手で撫でて、小さくため息を吐いた。似合ってないなら早く脱ぎたい。
「ワカ」
「なぁに?」
疲れたようにため息交じりの声で返事をすると、ギギはすうっと目を細めて私の手を取った。
「ドレス、良く似合っている」
「えっ」
似合ってるの?びっくりしてギギの顔を見てみると、あまりにも真剣な顔で私を見つめていた。
目が合うとゆるく微笑んだので、私は思わず頬を染める。ちょっと恥ずかしい。
握られた手が、ぎち、と軋む。――殺意。ああ。
ギギは私を殺したくてたまらないのだ。そう察して、私はほころぶようにはにかんだ。
で、結局黒いドレスも買って、山のような服達は銀色のカードで一括お支払い。
どうやら銀色のカードは身分証明とかお金の支払いとか色々な機能があるようだ。
凄まじい数字の羅列は見なかったことにした。数字がたくさんあると物凄く高いというのは知ってる。
お姉さんはとてもいい爽やかな笑顔で私たちを送り出してくれた。
で、山のような服はというと、ギギが今さっき買ってきたという魔法の指輪の赤い石に吸い込まれていき、尚且つその指輪は私にくれた。
入らなさそうだと思っていたが、意外にもかなりたくさん収納できるらしい。
というより、かなりたくさん収納できる物を買ってくれたみたいだ。
そしてサイズは薬指にぴったりだった。
私は思わずにやにやしながら、そうっと左手の薬指に付けた。
へへへ。えへへへへ。お嫁さんへ第一歩かな。
とりあえず今は白いワンピースと、モコモコのベージュのケープを着ている。
あとふわふわの付いたながーい手袋も。
別に半袖でも寒くないからワンピースだけでもいいと思ったんだけど、ギギに見ているほうが寒いと言われたのだ。
しまいに内側がふわふわのショートブーツも履いて、ギギと手をつないで歩く。
なんていうか……素手でギギの体温を感じられないのがアレかな。
「何が食べたい?」
「おいしいもの!」
「……」
なんか呆れられた気がする。気のせいにしておこう。
しばらく街を観光しながら歩いて、いろんな店を物色して回る。
これってもしかしてデートなのでは?なんちゃって。
で、最終的に素敵なテラスのあるおしゃれなカフェに決まった。
カフェだから軽食しかないかと思ったが、とっくの昔にランチタイムになっていたからかメニューはそこそこ豊富だった。
というか、そこそこ豊富なせいで私は困ることになった。
「……まあ、トーストセットでいいか。ワカ、お前はどうする」
「な、悩んでる……」
このオムライスなるものも気になるし、ハンバーグも食べてみたい。
あれもこれも、写真やテレビでしか見たことのないものだ。まあ今見てるのも絵だけど。
ううーん、とりあえずお肉は外せないんだよなあ……。
あとはお腹の膨れそうな炭水化物……。
「そうだミートボールパスタにしよう」
「そうか」
とあるアニメでわんわんが食べていた記憶があるぞ。美味しそうだなあって思ってたんだ。
一皿を二人で食べたりはしないけど!
ギギが店員さんに注文するのを眺めて、わくわくしている間に来た。意外と早い。
ということで、いざ実食!いただきまーす。ぱくぱく。
んー!このミートボールすっごい美味しい!やわらかくってすごくジューシー!
このパスタも美味しい!あんまり上品には食べられないけど、お腹空いてるから許して。
ああ、にしたって感動的だ。ふつうのごはんを食べてるよ、私。ぱくぱくもぐもぐ止まらない!
ちなみにギギはトーストを一つだけ食べてあとはコーヒーを楽しんでいる。
聞いてみれば、いつもそうらしい。かなり小食なようだ。
「あんまりお腹空かないの?」
「この身体は燃費がいいからな」
「ふーん」
そうなると私はかなり燃費が悪いんだろうなあ。
そんなことを考えながら、3皿目のミートボールパスタにフォークを差し込んだ。
そういえばさっきから街行く人々の視線を感じる気がする。
私がいっぱい食べてるから?それかギギがイケメンだから?
やらんぞ!ギギは私のだ!すいません言いたかっただけです!
「そういえばギギ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
よそを見ていたギギの深海のような瞳がこちらを向く。
なんの感情も感じないそれに少しだけうっとりしてから、私はフォークをねじる。
「ドレス、どうだった?」
私はそう言って深海の瞳を見つめて緩く微笑んでから、フォークに纏わりついたパスタを一口。
瞬間、人形のようだった碧色が鮮やかさを増して、激情が湧く。
「……聞きたいのか?」
漏れた声は感情薄く、それでも殺意が迸るような一言。暗く鮮やかな目は細められて、じいっと私の顔を見つめてくる。
目は口程に物を言うらしい。ようは、そういうことだ。
「じゃあ、また着ないとね」
「その機会が来るといいが……機会が来たとして、抑えられるかどうか」
思っていたよりずっとギギは興奮してくれていたらしい。
やばい、凄く嬉しい。あんな動きにくいドレスでも、ギギが喜んでくれるならいくらでも着るよ!!
恥ずかしいなあなんて照れつつパスタを完食。
ギギは早々にコーヒーを飲み終わっていたようで、席を立ちウェイターを呼んだ。
そのままお会計を済ませてしまうと、ギギはそっと私の手を取った。
「次はどこに行きたい?」
「どこでもいいよ」
お腹いっぱいになったのでご機嫌です。
私がにこりと笑うと、ギギはニィと笑ってぎゅっと手を握る。
ぎり、と。爪が、食い込んで。
「ならば宿に行くか。俺はお前と二人になりたい」
強い力で握られ、血が滲むほど爪が食い込んでいく。
ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、ギギの様子を伺う。
笑んだ口角は何かを耐えるように歪み、瞳は溢れるほどの殺意に満ちていた。ああ、なんてセクシーなんだろう。
「無自覚なら質が悪いな、ワカ」
手首の骨が軋む。コキリ、と軽い音が聞こえたような気がする。
初めてギギに嬲られた時の感覚がフラッシュバックして身体に力が入らなくなってふらついたところを、ギギは優しく抱き上げた。
なんとお姫様抱っこだ。最高に嬉しいはずなのに気持ちはそれどころじゃない。それに勝る、死への渇望。
「ギギ……」
「そんなに死にたいのか?」
甘えた声で名前を呼べばそう耳元で囁かれ、私は堪えきれなかった熱い息を吐く。
あの惨状を思い出して肌が淡く色付いていく。
ああギギ、私をまた殺してくれるのね。
ギギの手に力が籠もり、抱き上げられた身体が締め付けられていく。
本当に、ギギは私のツボをついてくる。焦らしながらも確実に。
「お前の中をまた見たい。腹を裂いて開いて……」
「……えぐ、って」
「ん?」
「奥まで抉って……はやく、ころして」
「……ワカ」
宿屋に向かっていたであろう足が急に止まり、薄暗い路地へと進路を変えた。
「俺の気は長いほうなんだが」
ギギは私を壁に押しつけて、深い口付けをした。
太ももをなぞり、スカートの中へと手が滑り込む。
冷たい手が敏感なところに触れて、そのままするりと腹へ至る。
「余り煽ってくれるな。人前で殺すのは避けたい……」
そう言いながらも、もう堪えられないらしい。
ギギの瞳から火花みたいな光がチカチカ迸ったのは幻覚だろうか。
「っあ!」
ず、と腹に鈍い重み。
目線を下にやると、捲り上げられたスカートと柄まで腹に深く突き刺さったナイフが見えた。
「や……こんなところで、いいの」
「……どうせお前も耐えられないくせに」
はい……そうです……。
答える代わりにキスをして、私は更にギギを煽る。
ギギはそれに応えるように、ナイフの柄を握って上方向に裂いてから引き抜いた。
ぼたぼたと零れて溢れだした血は地面を赤く染めていくだろう。
何故なのかはわからないが今までよりずっと早く塞がり始める穴に手をねじ込まれ、中身が掴まれる。
思わず私は身を捩らせ、軽く呻いた。
胃は、ダメだ。せりあがってきた血が口から漏れる。
「それ、やだ……」
「ほう?」
愉快そうな声とともにぐぢりと嫌な音がした。
吐血は勢いを増してどぷりと溢れ出す。握られたのだ。
胃を責められるのが苦手でも、こうやって支配されている感じはたまらなく好きだ。
意識を飛ばしてしまうのが勿体ないと思うほどに。
「ああ、本当に……美しい」
悦に入ったギギは赤く染まった私の唇を舐め上げて、――勢い良く引きぬいた。
ぶちぶちっ。どちゃ。
「っぎ、」
あ、死ぬ。
「まだ死ぬな。まだ、見せろ」
ギギの声で飛び掛けた意識がはっきりしてくる。
激痛も急激にはっきりして、体がダンゴムシみたいに勝手に丸まってしまう。
視界が潤み揺れている。ギギの肩のあたりをぎゅっと握って、どうにか顔を上げる。
「もっと」
ぼとぼとっ。肉片へ姿を変えた私の身体の一部が地面に落ちる。
むせ返るほどの濃い血の匂い。
路地裏なんて気にならない。誰かに見られたってかまわない。
今、私の世界はギギと私しかいないのだ。
ギギが笑っている。私も笑った。
「もっと殺して」
「ああ」
私が話すたびに唇から行儀悪く血が跳ねる。
真っ赤なそれはギギの青白い頬に着地して、力なく垂れていく。
ギギはきれいだなあ。うつらとそう思って、愛しさが膨れ上がる。
「私を、殺して」
この瞬間ならきっと、ギギも死ぬほど私を愛してる。
私と同じくらいに。
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