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リーズロッテの毒がすっかり治るくらいひたすら歩いて歩いて、ようやく見えてきた街は高い壁に囲まれていた。
平原も綺麗だったけど、人工物が見えるとやっぱりテンションが上がるなあ。
ギギはくふくふ笑う私を見て、なにやら少し考え込んだ。
そうして、全裸の上に適当に羽織っていただけのコートの前をきちんと閉じる。あ、やっぱり前開きっぱなしはまずかったですか。
「お前は俺が拾って保護した、ということにしておく。あまり他人と話すなよ」
「?」
ひろってほご?よく分からないけど頷いておく。
分かってないままなのが伝わってしまったのか、ギギは呆れたように鼻を鳴らす。
結局どうすればいいのかとオロオロしていたら、ひょいと左腕に抱き上げられた。
うわわ、なになに。いつもより視線が高い。あとギギの顔がすぐそこ。へへへ。
「重くない?」
「軽い」
「そっか」
甘えるようにすぐそこのほっぺに唇を付けたら、ギギは目を細めて喉を鳴らした。
する、と土で汚れた足の裏が撫でられると、さっぱり洗ったあとみたいに綺麗になる。
これも魔法だろうか。あとで教えてもらおう。
「大人しくしていろよ」
「うん」
ギギの言うことはなんだって聞くよ。好きだもの。
そのままギギは私を抱き上げたまま門のあるところへ歩いていく。
門の前にはおっきな馬車とかおっきな荷物を背負った人とかが沢山並んでいた。
渋滞してるのかな?ちょっと時間かかりそうだなあ。
大人しく最後尾に並んだ私たちは、抱き上げている体制のせいかが妙に目立ってしまっているようだ。
「ケガをしてるのかい?」
私とギギの前に並んでいるおじさんとおばさんが心配そうな顔をして私を見上げていた。
ギギは答えるつもりは無いようでおじさんとおばさんを無視している。無視はだめだよう。
代わりに私が返事をしてあげたいけど話すなと言われているので、とりあえず首を横に振ってにっこりと笑顔を向けた。
ケガなんてすぐ治るもん。
「話せないのかい。可哀想に……」
……なんかよくわかんないけど同情されてしまった。なぜ。笑顔浮かべたのに。
私は同情が嫌いなのだ。腐るくらいもらったからもううんざり。
顔を歪めてぎゅうとギギの首に抱きつくと、空いているほうの手で頭を撫でられた。
ギギは優しいなあ。彼から同情なんて感情は一度も感じたことがないし。
常識的に考えたらぜんぜん優しくないかもしれないけれど、私は彼の優しさが好ましい。
目を瞑ってぐりぐりとギギに頭を擦り付けて周りを見ないようにして、先に進むのを待つ。
たまに前に進んで、足を止めて、また少し前に進む。ちゃんと列は進んでくれているらしい。
ギギはそれを黙認していたけれど、しばらくするとゆさゆさと身体を揺らされた。やめろって事だろうか。
仕方がないので少しだけ顔を上げてちらりとあたりを伺う。
あのおじさんとおばさんはもういなくなっていたし、いつのまにか門の目の前に着いていた。
門はと言えば、その前に立ち塞がる男がギギを上から下まで眺めている。
ガチャガチャと鉄の服を着て、手には長い槍を持っている。物騒だなあ。
「……この人、だれ?」
「門番だ」
我慢できなくて耳元で本当に小さい声で囁くと、ギギは軽く教えてくれた。
鉄の服の男は門番さんだったのか。なるほど、街に入る人を分けてるのかな。
もう一度視線を向けると、ぱち、と門番さんと目が合う。
門番さんはギギに抱かれた私の全身をぐるりと見回して、むっと眉間に皺を寄せる。
それから怪しむように訝しげにギギに声をかけた。
「その娘はどうしたんだ?」
「赤の森で一人だったところを保護した。ギルドへ連れて行くつもりだが、懐かれてしまってな」
「ほう?」
あ、さっき言ってたやつ。そっか、周りの人への説明のことだったのか。
ギギは指輪を付けている右手を翻し、何もないところから現れた銀色のカードをキャッチする。
えっなにすごい、マジックみたい。どうやってやってるんだろう。魔法だとは思うんだけど……。
かんぱんとかリーズロッテとかもこんな感じにしまったり出したりしてたのかな?
そうやってマジックみたいに取り出された銀色のカードは、まだ訝しげにしている門番さんに渡される。
門番さんは怪しむようにそれを受け取ったが、次の瞬間表情を改めた。
驚いたような感心するような尊敬するような、とにかくマイナスからプラスって感じ。
「シルバー……いや、プラチナの御仁か。凄いな……始めて見た」
門番さんに渡すときはポイッて感じだったのに、門番さんから帰ってくるときは恐る恐るって感じだった。
よくわかんないけど、どうやらこの銀色のカードは凄いものらしい。
ギギがまた指輪を付けた右手を翻すと、戻ってきた銀色のカードはパッと消えてしまう。
あの指輪が怪しいと見たぞ。詳しく聞くと長くなりそうだから、これもあとで教えてもらおう。
「怪しんで悪かった。ここはフォーラの街だ。ゆっくりしていってくれ」
仏頂面だった門番さんがほんの少しだけ顔を綻ばせて、大きな門の端っこの小さな扉を開けた。
ギギは軽く私を抱きなおし、その小さな扉をかがんで潜り抜ける。
その時にはにかみ笑顔でひらひらと手を振ると、門番さんと私たちの次の順番の人は目をまん丸にしてびっくりしていた。
さて、少しいろいろあったものの、無事街の中に到着出来た。
初、街!初到達!
なんだっけ。ヨーロッパ?うん、写真やテレビで見たような感じのあの街並み。
広い!すごい!デカい!
土と砂利の混じった地面には時たま石畳が敷かれ、建物もまた石造りだ。
ああ、世界はなんてきれいなんだろう。
思わず感嘆の声を上げると、ギギがほんの少し不思議そうな顔をして私を覗き込んだ。
「……街に来るのは初めてなのか?」
「うん、初めて!」
そう言って街並みを見て輝いていると、ギギはふぅん、と興味深そうな反応をした。でも詳しく聞いてくることはなかった。
な、なによう!嘘じゃないよ!ビルの群れとかもテレビとか写真でしか見たことないよ!
こういう海外の街!って感じのところなんてもってのほかだよ!
でもまあ、実際の街って写真やテレビとはぜんぜん違う。
近くのおうちの食事を作ってるにおいも、頬を撫でていく通り風も、平面の世界にはないものだ。
「ふわぁ~……」
呆けた声を上げて、きょろきょろとあたりを見回す。
色んな店や屋台が開店準備をしていて、何もかもがふしぎでたのしい。
ギギはそんな私に配慮してくれているのか、さっきより比較的ゆっくり歩いてくれていた。
「なんにせよ、まずは服だな。一通り買ったら食事か」
「うん!」
すごいなあ。街ってこんなに人がいるものなんだ。
お店が開いたらもっと増えるのかな。
あのピヨピヨ聞こえるお店はヒヨコでも売るのかな。
あの鉄板を用意しているお店はいったい何を焼いて売るんだろう。
そうやって世界を眺めているだけなのに、なんだか視線が煩わしい。
興味と、好奇と、同情と、哀憐と、そのほかにもたくさん。
楽しかった気分がだんだんと嫌な気分になってきて、ギギに抱きつく手に力が入る。
「やはり目立つな」
ギギはそうぽつりと呟いて、ほんの少しだけ歩く速度を早めたようだった。
私のせいだから怒っているかなと思ったけれど、ギギは意外にも無表情だった。
……いや、ここで無表情のほうが怖いけど……。
歩いていくうちに露天の立ち並ぶ道から商店街へと進み、やがて様々なショーウインドーが立ち並ぶ高級店っぽいものが並ぶ道へ出た。
肩身が狭くなってきた。高級なものは見たことも触れたこともないけれど、自分にふさわしくないのは分かる。
さっきの露天くらいがいい。あれくらいがとっつきやすいし、なじめる気がする。
そんな私と違ってギギは慣れているらしく、その中を堂々と進み、ようやく立ち止まったのは一つの店の前。
「……ここ?」
「ここだ」
「ええっ」
白い壁に白い屋根、窓枠や縁は金色。高級感溢れる外装。
ショーウインドーには綺麗なドレスやワンピースなど、なんていうか綺麗系の服が並んでいた。
いやめっちゃ高そうな店だけど大丈夫なの?
不安げな私のことはまったく気にせずに、ギギは迷いなくその扉を開けて中に入っていく。
カランカラン、と入り口の鐘。
外装もそうだったけど、内装もまた綺麗だし高級感が溢れている。
「いらっしゃいませ」
奥から出てきたお姉さんは私たちを目に留めると、にこやかなのにどことなくこちらを嘲るような雰囲気を感じる笑顔を浮かべた。
ほらー!やっぱり高級店じゃないかー!庶民めが、みたいな感じになってるよー!!
怖いから値札は見ないでおこう。正直見ても分からないだろうけど、数字の桁で察せるはず。
だがギギはなんのこともなくそのお姉さんに銀色のカードを手渡す。門番さんのところでも見せていたやつだ。
「適当に見繕ってくれ。限度額はない」
なんかお姉さんがカードをものすごく驚いた顔でガン見してるんだけど。
あ、でもちょっと怪しそうに観察し始め……あっダメだ、何かにやけ始めたし目にお金のマーク浮いてる。本物だったんだ。
ひええ、この人いわゆる守銭奴さんかな……お金大好きなんだろうな……。
ギギはそんなお姉さんを見ても何も言わず、ヒョイとお姉さんの手からカードを取り返す。
「他の必要品も買うからこれは持って行くぞ」
あっすごい残念そうな顔してる……。
……えっ、ていうか他の必要品も買ってくるって、もしかして私ここに一人置いてかれるの?
「好きに選んでおけ。金は気にするな」
そんなことを言いながら裸足の私を床に下ろし、立たせるギギ。
もしかしなくても一人置いていかれるようだ。
物凄く不安そうな顔だっただろうに、ギギはするりと頬を一撫でして、そのまま店から出て行ってしまった。
残るは不安げな私と守銭奴らしき店員のお姉さん。
お姉さんはギギを見送って、扉が閉まるのを確認するとぐるんとこちらを向いた。ヒエッ。
最初の時とは違う、思わず怯えてしまうくらいの満面の笑み。
「ささお客様、こちらへどうぞ」
ささっとやわらかいスリッパを差し出されて、心遣いはバッチリって感じだ。
でもその目は爛々としていて、お金のマークが浮いているように見える。
うわーん、露骨に態度が変わってるよー。怖いよー。
ギギ早く帰ってきてー。怖いよー。
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