*
いやあの、本当にすみません。
余りにも彼が理想すぎて調子に乗りすぎてますね。
流石に少し自重しようと思います。ええ。少しね。少し。
気を取り直して、とりあえず火を出してみることにする。
せっかく教えて貰ったんだから使わなきゃもったいない。
そんなことを思いながら手のひらを上に向ける。あ、出た。
え、ええー……。はや……こわ……。
魔法というものは思っていたよりもずっと簡単に出来るものらしい。
ちょっぴり引いていると、また寝にかかっていたはずの男が「へえ」と感心した声を上げた。
「完全な無詠唱か。凄まじいな」
「……えっ!?詠唱あったの!?なら教えてよ!」
「教えたが」
てっきりイメージだけで出来るものかと、っていうかイメージだけで出来たんだけど!?
あと詠唱どれ!わかんない!もう忘れたよ!
……あっ。そうか、これがすっごくすっごい魔法の才能ってやつか。
凄いな神様(推定)、思ってたよりすっごくすっごいぞ。
そっかー考えただけで出来るなら何でもできちゃうなー。
だがしかし魔法は甘くなかった。
わたしのかんがえたさいきょーの魔法は発動しなかったのだ。
なぜだー。ぽくぽくちーん。
「ややっ、もしかして見たことあるやつしか出来ないのでは!」
「それはまた難儀だな」
ぽむ、と手のひらを拳を叩いて、思い当たった答えに納得。
さっき食らった火はもちろん、彼の好みと言うか得意なものと言うか、なんかそんな感じの風も出せた。
ちなみに見えないカッターみたいなやつだ。ずたずたー。
でも水はでない雷もでない。
習得するには彼に見せてもらうしかない。
「ねね、もっと見せて!」
……返事がない。無視をされているようだ。
くっ、流石に疲れたのか。それとも単に面倒くさいだけなのか。
むぐぐぐぐ。なら興味を引くしかない 。
「やーん熱い!焼ける!」
「……」
自分で自分を燃やしてみる作戦、ダメです。
くっ、やはり彼にやられるよりも全然ダメだ。よくない。
「ふわわぁ!斬れちゃった!」
「……」
風もダメでした。
しょんぼりしているうちにむなしい傷はなくなっていった。
くっ……。これが……これが放置プレイと言うものか……。
つらい……私の好みじゃない……こういうのは別に要らないです……。
結局そのまま放置されてしまったのだが、ごろごろふて寝しているうちに夜になってた。
目を開けたら真っ暗でちょっとビックリしたよ。
で、流石に真っ暗というのはアレなので適当にそのへんの木の枝(赤)を集めて燃やしてみた。割りと明るい。
血で湿ってたから燃えにくかったけど、魔法の火は強かった。最終的にちゃんと燃えてくれた。
焚き火だ焚き火だー。落ち葉じゃないけど。
身体がやたら丈夫になったせいなのか、寒さとかがよく分かんない。この調子だと風邪なんてまったく引かなそうだ。
でも気温があまり高くないのは分かる。焚き火があったかいのも分かる。
焚き火かー。やきいも食べたいなー。牛乳と混ぜてネリネリしたやつが美味しかったんだよねー。
ぐー。
「お腹すきませんか」
「急だな」
目を閉じて静かなままの男は、ぐっすり眠っているように見せ掛けていつも起きているらしかった。
だからなにか呟くとすぐに返事が帰ってくる。つまりさっきの放置は意図的なものなのだ。
ひどいひと!好き!でもやっぱり放置はキライだ。
いやしかし、本当にお腹空いた。
何度も何度もお腹いじくり回されたわけで、それを治すためのたんぱく質が足りないみたい。
たんぱく質、つまりお肉が食べたい。ササミ肉超美味しいもん。
「モンスターって食べれるのかな」
「魔物なら食えるぞ。死ぬほど不味いがな」
「えっ……味覚で死ぬの……?」
「死にたがりめ」
ええー!死にたがりじゃないよー!
ただちょっと痛みと苦しみと死ぬときの感覚に興味のある健全な女の子だよー!
とにかく腹が減っては戦は出来ぬとか言うし、本日のご飯を探さなければ。
レーダー的なものとか出来るかな……。でも見たことないし……。
出来たわ。こういうのは出来るのかよ。もうよくわかんないよ。
でも近く私と彼以外何もいないわ。
「何もいないみたい」
「餓死も試してみたらどうだ」
「痛くなさそう……」
腹ヘリ死は好みじゃないなあ。
美味しいものは美味しく食べたいし。たまご粥とか超美味しいもん。
ぐぬぬ、もうちょっとレーダーの範囲を広げてみよう。
いないわ。
いなさすぎて逆に心配だわ。
微妙な顔をしていると、鞄も持っていないはずの男がどこかからか何かを取り出した。
それは大きめの缶の容器で、ふたを開けたその中からは小さいビスケットのようなものが。
「……欲しいか」
「ください」
キラキラした目でビスケットを見つめていたら、男はそんな私を鼻で笑った。
ビスケットをひらひらと揺らされると、私の体も同じように揺れてしまう。
ああっ!釣られてる!だってお腹すいてるんだもん!
「それが人に物をねだる態度か?」
「はわわ……どうか……えっと……何様?」
そういえば名前知らない。
「ギギだ」
「おねがいギギ様あああ」
「良いだろう存分に食らえ」
「わーい!!」
ぺいっと頭を下げている後頭部にビスケットが投げ渡される。食料ゲットだぜ!
ドキドキしながら一噛み。今まで食べたものの中で一番固い。
しかしスーパー美味しい。なんだろう涙が出てきた。嬉し涙ですね分かります。
と、いうか物凄くあっさりと名前を聞けてしまった。
意外。ここまで来たら教えてくれないかと思ってたのに。
「ギギ?」
「なんだ」
「おお」
どうやら冗談でもなんでもなく、本当に名前らしい。
ギギ、か。なるほど。覚えた!
「私はワカだよ」
「そうか」
物凄く興味のなさそうな返事に、流石の私もこれには苦笑。
死なない身体に興味があるだけで、私自身には興味がないんだろうか。
ちょっとさみしい。
そのあともいくつか投げ渡されたビスケットを食べてしまうと、不思議とあんなに減っていたお腹が膨れていた。
体積があきらかに少ないのに。見た目も栄養少なそうなのに。ファンタジー飯ってふっしぎー。
「これ凄いね」
「乾パンだ」
「かんぱん……」
どうやらビスケットではなかったらしい。名前言われても分かんないけど。
かんぱんかー。カンカンに固いパンってことかな。すごいなー。
ギギはもう一つだけかんぱんを私に投げて、また木にもたれて目を閉じた。
彼はいつまでここで寝るんだろう。朝になったら出発するのかな。むしゃむしゃ。
かんぱんを食べ終えてからギギに近づいて、顔を覗き込んでみる。
たぶん若いんだろうけど、隈の所為で老けて見えるなあ。
そういうの全然関係ないくらいイケメンだけどさ。イケメンって言うか、私の好みど真ん中って言うか。
「面白いか?」
「凄く」
「……好きにしろ」
本人のお許しも出たので観察再開。
髪の毛は黒から銀への染色で痛んでしまったのか、作り物みたい。
睫毛はそんなに長くないし眉毛も薄め。
お肌は割りと白い。私ほどじゃないけど、かなり白い方だと思う。
鼻は高いけど唇はそんなに分厚くないし大きくもない。
程よく筋肉は付いているが、背が高いからか細く見える。というか腰とかめっちゃ細い。
うーむ。モテるなこりゃ。
でも私と死んだり殺したりする関係なのだ。
「むふふ」
「……キモいぞ」
ああっ、そんな辛辣な貴方も好き!
悶えているうちに、ふああとあくびを一つ。
睡魔って言うのは気付いたらそばにやって来ているものだ。眠たくなってきたので、私はとりあえずギギの隣に座ってみた。
……文句が飛んでこない。
どれどれ。勝手に肩に凭れてみる。怒られない。
これはつまり許可されたということでいいのかな。へへ。
「おやすみなさーい」
私のゆるい挨拶への返事は帰ってこなかったが、かわりに太ももをつねられてむしろ眠れなくなった。
なんてことをしてくれるんだ……もんもん……。
まあいいや、目を閉じてじっとしていればその内眠れるだろう。
どこだって目を閉じてしまえば苦楽を伴うあの白い牢獄と同じだもの。
PR