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で、目が覚めると森なのは異世界の常識なのかな。
アニメもそうだったし、マンガも小説もそうだった。一部の、だけど。
そういう創作の方向で行くなら、多分さっきの男は神様か天使様なんだろうなー。
でも目付き悪いし(好み)、なんかサラリーマンみたいな見た目だったし(好み)、神様っぽくなかった。もちろん天使っぽくもない。
まあ、多分もう会うことはないだろう。ほんの少し勿体ない。
というか私あの男に裸見られたんだよね。蔑むような目で。
……ああん、心が疼く。
さて、あたりは仄暗いが、まだ太陽は真上にあるようだ。
立ち上がってワンピースに付いた土草をぱたぱたと叩いて、周りを見回す。
うーん、木木木木草草草草。こんなの迷子になっちゃうよぉ。
途方に暮れる私の耳に、がさりという草が揺れる音が聞こえた。
うーんと、創作で行くとモンスターの登場って所なのかな。
でその後は襲われてるお姫様を助けて惚れられて、……いやそれは男主人公の場合か。
女の主人公もっと増えろ!そっちのほうが読んでて感情移入しやすいから!
まあ、もう読めないけど。
まあいいや、なんでもかんでも何処からでもかかってくるといいよ!
あ、でも魔法ってどうやって使うんだろう。
私ってばどうやって倒す気なんだろうね。素手?
殴るのって殴った方の手のほうが痛いって言うよね!どんなかな!
がさがさ、がさり。
ワクワクしながら音のするほうを向いてファインティングポーズ的なものをとる。
が、草むらから出てきたのは別にモンスターではなく、一人の男だった。
なーんだ敵じゃなさそう。ポーズをとく。
人なら別に構えなくても……あ?
「……」
「……」
目が合った。数秒の静止。
男も私もお互いに言葉はない。
瞬間、ビビビッと、なにかが私の身体を駆け巡った。
それは突然の発作のときのような、刃物が肌を切開した時のような、背筋が冷えるような感覚。
人はそれを殺気と呼ぶのだが、私はなんにも知らなかった。
――な、なんだこのドストライクなイケメンは!?
肩ほどの長さを一つに結った髪は黒を銀に染めているようだが少しプリンになっていて、藍色の目の下は隈だらけ、カサついた唇が薄く開いていてせくしーだ。
体躯といえばすらりとした長身なのにバランスがよくって、細いのに力強さを感じさせる。
そしてなによりも、人を殺せそうなその鋭い視線!
そう、わたくし、はじめての一目惚れを致しました。
「……あ、の」
無意識に手を伸ばし、男に触れようとする。
きゅっとその手首を掴まれ、引き寄せられて胸にぶつかる。
はわわ!すきになったおとこのひととふれあっちゃったよう!
私にも恥じらいは残っていたらしく、掴まれた手は振りほどけないまま少しだけ距離を取る。顔が熱い。
男はそんな私を見て目を細めると、懐から小ぶりの白いナイフを取り出した。
ゅんっ。
熱い身体とは真逆に、恐ろしく冷たい感触が喉を裂く。
ぞくりと背筋が震え、唇からこぷりと暖かいものが溢れた。
あ、す……っごい。笑ってる顔も、かっこ、いい。
「美しいな」
男はふらりと後ろに倒れこんだ私を受けとめてそう言った。
男の冷たい舌が裂けた喉をなぞり、流れを遡って、次々と赤が溢れる唇を塞ぐ。
その流れの間男は一度として瞬きをせず、私をじいっと熱く見つめていた。
私は体を仰け反らせ、羞恥に顔を染める。
キス、してる。初対面のイケメンと、初めてなのにこんなに深く。
ぞくぞくする。あの苦楽とは違う、満たされるような快楽。あんな独りよがりのものとは違う、人に与えられる快楽。
私は男に体を委ねたまま、耐えるように太ももをすり合わせ腰をくねらせた。
きっと血に塗れたままなのだろうナイフが胸部から下腹部をなぞり、現在進行形で赤く染まっていくワンピースをはらりと退けた。
すごい切れ味だなんて思いつつ、それが肌を裂くのを期待している気がする。
舌が血が満ちた咥内を散々犯した後、赤い糸を引いて離れていく。
男の乾いていた唇が私のモノで赤く塗れて、てらてらと光を反射しているのが見えた。
「ん、ぁ……」
「!?」
思わず喘ぎを漏らすと、男は目を見開いて驚いた。
そりゃあ首を切り裂いたのに生きているのだ。驚くだろう。
神様(推定)のくれたパワーってばすごいのだ。
もう裂かれた首の傷が塞がれつつあるから、声だってとっくに出せる。
男は驚愕に満ちた目で私を見つめ、顔を確かめるように頬を撫でる。
その手をそっと優しく握ると、私は男の目を見つめて恥ずかしそうに微笑んだ。
「私、初めてなの。痛く……してね」
その言葉を食いぎみに、男はまたわたしの唇を塞いだ。
血は鉄の味だなんて言うけれど、みんな鉄なんて食べれるわけないのにどうしてそれを知っているのだろう。
下らないことを考えて、すぐにそれを忘れる。
視界はほぼ男の藍色の瞳で、その深海のような瞳に私の潤んだ茶色い目が映っている。なんて目をしてるんだ、私。
咥内は忙しなく弄ばれたままで、冷たいナイフが今か今かとへその辺りをなぞっているようだ。
唇が離れ、男はペロリと舌なめずりをする。かっこいい。
「こんなにも美しい死など初めて見た。何者だ?」
「?」
……名乗ればよかったのだろうか?
口を開く前に、ずぷりとナイフがへその少し上へと進入してくる。
漏れたのは呻きに似た喘ぎだ。
「う、あ」
「血潮が温かい。動く死体では無いようだが……人間とも思えん」
「ひゃあっ」
「……まあ、どうでもいいか」
真っ直ぐに突き立ったナイフがぐりゅりと抉りつつ回転させられる。
斬られていく。裂かれていく。破壊されていく。
あの痛みなんかよりもずっとすごい、いままでに味わったことのない痛みは、まだ私が生きていることを実感させてくれる。
ううん、もしかしたら死んでいるのかもしれない。でもどっちだっていい。
「……おねがい。もっと、」
「言われなくても続けてやるさ」
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