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2010/02/14
FEZSNSの小説イベントに投稿したやつ。長い。



単純に過ぎていく灰色の日々。
英雄の一人娘である美しき女、ユリ=フォルスブロムは悩んでいた。

「どうして私はこんなところで人を殺めているのだろうか」

戦場での、つまらない悩み。それはただのきっかけだった。
その悩みを考え、忘れるために通った廃墟で出合ったのは、印象的な赤い瞳をした傷だらけの男。

男の名はガロ。異国語を操る、正体不明のソーサラー。
――その赤い瞳だけが、灰色の世界で美しく輝いていたのだ。


拍手


女はふと前線へ向かう足を止めて、瞬きを二つ。
――どうして私はこんなところで人を殺めているのだろうか。

最近、突然に、そう思うようになった。
我が家は戦争家で、勿論私もそれに習って小さなころからそういう類の訓練をしていて……ああ、そんなことはどうでもいいんだった。
今大事なのは――私は、なぜ、こんなところで、人を、殺めているのだ。単純な問い。

無論、そんなものは筋肉でできた脳味噌では答えにたどり着くことは出来ず、女はまた足を進める。
女は一度だけ頭を振ると、前を見据えて色をなくした灰色の世界に身体を躍らせた。



灰色の世界と赤い瞳



「おつかれー」
「おつかれさまですー」

戦争は時間をかけて勝利に終わり労う挨拶の飛び交う中、私はその場を離れる。
迷いなく進んでいた足を止めたのは、私の前に立ちふさがった女と男。

「流石ですわねぇ、軍事貴族のお嬢様はぁ」
「敵をバッタバッタなぎ倒し、何十人も殺して回る」

「いくらクリスタルの力で生き返るとは言え、まるで鬼のようですわぁ?ねぇ、ユリ=フォルスブロム様?」

嫌味に間延びする女の声。私はまたか、とため息を吐いた。
我が家の功績は偉大だ。それ故か、僻み、妬み、嫉みの嵐が襲う。
正直、こういうのは初めてではないのだ。

「……ありがとう。あなたは少し死にすぎよ」

私はやれやれともう一度ため息をついてから、二人を一瞥してそう吐き、その隣を歩きぬける。
なんですって?と聞き返す声。私はそれに振り向かないまま、その地から消える。
罵倒が私個人へのメッセージとして送られてくるが、ブロックするとメッセージ欄は静かになった。


帰ってきた首都はあいかわらず美しいままだ。
それも私の功績のおかげなのかしら、とくだらない自嘲。
短い戦争は何度も行われ、何度も廃れ何度も栄えた国の数々。
私は何のために戦争するのかと何度も考えたが、答えは消して出ることがなかった。

「あの、すみません」

私は痛む頭を手で支えたまま、振り向く。ああもう、今度は何なんだ。
振り向いたそこには赤みがかった茶色――そう、今朝飲んだ紅茶みたいな色――の髪をした、性格のよさそうな顔の青年がいた。
私は何用か、と訝しげに眉を寄せる。

「ユリ=フォルスブロム様ですよね?」
「……ええ。何か御用?」

おどおどとしていた青年は、私の答えにパァと顔を明るくさせた。

「私はレニ=ガルトマンと申します」
「ガルトマン?……ああ、父の友人の」
「はい。実は、さっきの戦争で後ろについていたんですが……」

ああ、あの私の後ろをうろうろしてちょっと邪魔だった……おっと、失言。
私の意識がほんの少しのイラつきに向いている間、レニ=ガルトマンはひたすら賞賛の言葉を羅列させていた。
あくびが出そうなほどに、堅苦しい。

「それで?」

無理矢理それを終わらせるように、あくびを噛み殺して短い言葉を吐く。
レニ=ガルトマンは、あっ、と小さな声を上げて、咳払いをした。

「私と部隊を組んでいただけないでしょうか?昔から尊敬していまして」
「結構よ」

短く答えると、レニ=ガルトマンはぴしりと音がしそうなほどに笑顔を凍りつかせた。
余程この私に幻想を抱いていたのか?
見かけだけは美しい女だ。幻想を抱いても仕方が無い。
もしくは――父の友人の息子である自分の誘いを断るだなんて思ってもいなかったのか。


ふう、と今日何度目かも数え切れない程吐いた、何度目かのため息。
固まったままの青年をそこに放置して、私は目的地へ向かった。
向かう途中、先ほどのように何度も声を掛けられたが、全て軽く適当にあしらって進んだ。





目的地は――首都の外れにある、誰も近付かない廃墟だ。
なぜ誰も近付かないか?……そこが酷く不気味だからだ。

自然と大きな林檎の木に支配されたような、緑に覆われた暗い場所。
その昔、殺人が起きて崩れるままに放置されただとか、幽霊などと言う非現実的な者が現れるだとか。
たしかに少々非現実な空間ではあるが、言うほど恐ろしくはない。……と、私は思う。

誰もついてきていない事を確認して、私はその廃墟に入る。私は今一人になりたい気分なのだ。
廃墟を貫く用に聳え立つ林檎の木を撫で、それから一番奥の部屋だったスペースに向かう。

そのスペースだけは天井があり、苔むした石が座椅子のように鎮座していて、そこに転がり空を眺める。
最近の、日課だ。
そこから空を見上げていると、くだらないことは全て忘れて……酷く、心地がいいのだ。
きっと、今日も思いついたあの問いを忘れることが出来るだろう。

踏んだ砂利が音を立てる。
私はふと、林檎の木の実がすこしだけ減っているということに気が付いた。
それから、木の根元に綺麗に食べつくした林檎の芯が落ちていることにも、気付く。
……私以外に、誰かここに来ている?

私は少しうろたえてから、奥のスペースに走る。戦争中でも、こんなに慌てたことは無いだろう。
扉の役割をしていない木の板をどけて、――冷たい、空気。
生い茂る木の葉と、灰色のような青のような石のコントラスト。
思わず慌てる足を落ち着かせて……小さな、呟き。

「……誰かいるの?」

返事は無い。でも、気配がする。……一人になりたいのにと、悪態を吐く。
恐る恐る一歩進み、座椅子のような石の奥を覗き込む。

まず見えたのは、足だった。傷付き汚れた黒いブーツに覆われている細い脚。
もう一歩進むと見えたのは、生傷と古傷だらけの細い腕。

――怪我をしている!?

私はまた慌てて、ポケットからリジェネを取り出しながらその人に駆け寄った。
男だ。黒ずくめで、傍に杖が落ちているからソーサラーなのだろう。
近くには林檎の芯も落ちている。それから、空のリジェネの瓶。

「ねぇっ!?大丈夫!?」

腕の傷はそれほどでもない様だが、男は意識を失っているようだった。
膝をついて声を荒げて、男の身体をゆする。
死んでいたらどうしよう?戦争で死体は沢山見ているけれど、あれはクリスタルの力でできたものだ。
……本物の死体なんて、見たことがない。

恐ろしい想像に顔をゆがめていると、男の身体がほんの少し、よじった。
――生きてる!

ほっとしていると、男は眉間に皺を寄せてうっすらと瞼を上げた。
それから私を視界に入れて、瞬きを二度三度。目をこすってもう一度私を見て、訝しげな表情。

「...What? Who are you?」

……男の口から滑り出たのは、異国の言葉だった。
私は、思わず固まる。さっきのあの青年のように。……なんという名前だったか。

残念ながら私に学は無い。異国の言葉を習う時は、修練をしていた。
私は今それを後悔している。あの時勉強していれば彼が何を言っているのか分かるのに、と。

「Woman? ...Hey, Who are you? Do you hear it?」
「……ごめんなさい、何を言っているのか分からないの」

それはおそらく向こうも同じなのだろう。訝しげな表情は消えない。
酷い隈に覆われた目は赤く、輝いているように見えた。
――そう、輝いていたのだ。この、灰色の世界で。

「uh...」

男は何も理解出来ない私に呆れたのか、額を押さえてため息を吐く。
それから、差し出すような私の手に握られたままのリジェネを引っ手繰るように奪った。

「May I get it?」
「あ、……まぁ、それはあなたのものだから」

というより、あなたの治療に使おうと思っていたものだ、と付け加える。
男は理解したのかしていないのか、とにかくリジェネを傷付いた腕に振りかけた。
どうやら飲むよりも消毒に使った方が効果的だと考えたらしい。

ついでにパンも差し出すと、少し戸惑ってから「Thank you」と言って受け取ってくれた。
それのおかげなのか、少し警戒を緩めてくれたようだった。

「……いつから、ここに居るの?」
「......」
「ああ、言葉が通じないのよね。……困ったわ」

どうやってコミュニケーションしたらいいのか、私は途方に暮れる。
異国語を習ってから、もう一度ここに来る?……彼がもういないかもしれないじゃないか。

「...Hey, Woman」
「……何?私を呼んだの?」

とりあえず行動で表すことにして、私は自分を指して首を傾げた。
すると、男もそれをいい方法だと思ったのか、「Yes」と言いながら首を縦に振った。

「何?」
「What your name?」

それはなんともいえない行動だった。
男は私のほうを指差して、首を傾げる。……私がなんだって?

「……駄目、分からないわ」
「Shit! ah... My name is Galo」

盛大な舌打ちの後、男はため息をついてからぺらぺらと何かを話し始めた。
相変わらず、意味は分からないまま。
私が首をかしげていると、男はほんの少し真剣な顔をして、自分を指差した。

「Galo」
「ガロ?……何、それ」

理解出来ない私を見つめたまま、男は自分を指差して「Galo」と言い続ける。
自分?ガロ?自分がガロってこと?……名前?

「……あなた、ガロって言うの?」
「Galo. My name is Galo」

「ガロ……そう、ガロね!」
「Yes Galo! ah... What your name...?」

喜んでいる。どうやら、ガロというのは名前で合っているみたいだ。
それから、二度目の同じ問い。ガロは今度は私のことを指差している。
きっと、この流れなら私の名前を聞いているのだろう。

「私はユリ。ユリ=フォルスブロムよ」
「Yuri?」
「そう、ユリ」
「OK, Yuri」

どうやら私の名前も知ってもらえたようだ。
ガロはほんの少しだけ口角を上げた。それから、さっき渡したパンに噛り付く。
「oh」と小さな感嘆の声を上げて、もぐもぐと咀嚼。美味しかったのだろうか。

「それ、私の家で焼いた物なの。……美味しい?」
「It is delicious」

何を言っているかは分からないが、次々に食べているところをみると、気に入ったのだろう。
私はガロの隣に腰掛け、まだあったかな、とポケットを漁った。
使わないパワーポットにさっきの林檎の木の実、果てはモンスターから拾ったドラゴンソウル。
……うーん、ろくな物が入っていない。

目当てのパンを見つけ出し、ついでにヴィネルワインも取り出してガロに手渡す。
ガロは驚いたように目を見開いたが、遠慮なくそれを受け取った。

「Thank you. ...You are tender」
「好意に遠慮しない人は好きよ」

小さく微笑むとガロもぎこちなく微笑んで、コルクで出来たワインの蓋を開けた。
ぽん、と軽い音がして、それから葡萄のいい香り。
それからガロは開けたワインを平らなところに置いて、パンを齧った。
美味しそうに食べるなあと思いながら、私はガロを観察した。

肩まである長い黒髪は癖など見当たらずにまっすぐだ。
肌は病的に青白く、古傷や生傷だらけだ。腕も足も骨のように細い。本当に病人のようだ。
目の下には濃い隈があり、瞳は――瞳だけは、赤く美しく輝いている。

吸い込まれそうなほどに美しい瞳に、思わず見惚れてしまう。
きょろ、と灰色の世界を見渡してから、もう一度赤い瞳を見つめる。

――まるでガロだけが色を持っているような、錯覚。

「...Yuri?」

ガロが不審に思ったのか私の名前を呼んだ。
ハッと私は現実に引き戻されて、慌てて頭を振った。

「ご、ごめんなさい、私ったら、な、なんでもないの」

ぎこちなく笑って、手をパタパタと振る。
その行動のせいで、カチャンと音を立ててワインが倒れて零れた。

「oh! Oops...」
「きゃっ、あ、ご、ごめんなさい!」

私はポケットにハンカチがないか探し始める。ガロの服にワインがかかってしまった。
私のスカートにも赤紫のシミがあったが、そんなことはどうでもいい。柄にもなく酷く慌てた。

ハンカチ、ハンカチ、いや、ハンカチじゃなくてもいい、何か拭くものを……。
ああ、なんて不器用なのだろう。やっぱり私は戦うことしか出来ない脳味噌筋肉人間なんだ。
視界がぼやける。コンタクトでもずれたのか?いや、コンタクトなんて私つけてない。

「Yuri」
「っ、……ガ、ロ?」

ガロが私の手を取る。すり、と細く冷たい手が私の頬を撫でる。
じっと私を赤い瞳が見つめた。

「Don't be upset. It is all right. ――Yuri」

――どう、しよう。赤い瞳から、目が、離せない。





「おかえりなさいませ、ユリ様。……ユリ様?どうなされたのです?……ああっ!スカートにシミが!!」

どうやって戻ってきたのかは分からないが――とにかく、私は家の玄関にいた。
慌てて駆け寄ってくる三人の女中達。強制的に私は彼女達に浴室に連れて行かれた。

――どうやって、戻ってきたのだろう。
すり、と頬を撫でる。あの冷たい感触はもう残っていない。
鎧とインナーを脱がされ、されるがまま。私の心はここにはない。

「……ガロ、という青年に、合ったの」
「ガロ、ですか?なんという家の?」

小さな呟きに、一人の女中が返事をする。

「家は……分からなかったわ。異国語を話していたの」
「異国語ですか?それはまた珍しい……」

「不思議ね。……彼のことが忘れられないの。フルネームすら知らないのに」

ちゃぷ、と湯につかる。長い髪を湯が浚う。
そう、忘れられない。あんなにも印象に残るだなんて、初めてだ。
女中はあら、と小さく声を上げて、三人揃ってくすくすと笑った。
何?と少し不機嫌そうに呟くと、一人の女中がにっこりと笑った。

「恋ですわね」
「……恋?私が?」
「ええ。私どもも嬉しいですわ!ようやく女性らしい感情を……」

女性らしくなくて悪かったわね、と毒を吐く。
恋だなんて、そんな。……あれは恋じゃない。
あの赤い瞳に吸い込まれて――そう、魅せられただけ。

「今日あったばかりなのよ?そんなのあり得ないわ」
「あら?じゃあ一目惚れですわね。どんな方なのです?」

一人の女中は相変わらずくすくす笑いながら、金色の髪にどろりとした液体を塗りつける。
一人は肌を優しく撫で、もう一人は湯に薔薇の花を浮かべた。

「……美しい、瞳をしていたの。そこだけ、色彩が濃くて」
「まぁ、素晴らしいですわ!今度会いに行く時はおめかししてはいかがです?」
「おめかっ……そんな、また会えるか分からないのよ?」
「もしかしたら会えるかも知れませんでしょう?それだったら綺麗にしていかなければ!」

ああ、ああ、なんでこんなに女中達は楽しそうなのか!
私はため息をついて、これ以上は言わない事にした。
下手に語り続けると、燃料を投下するばかりだ。

ちゃぷちゃぷという水音と、女中達の楽しそうな声。
明日も会いに行くのかだの、今すぐ行けばまだ居るだろうだの、どうして彼女達はこんなに私に構うのだろう。
何度目かの、ため息。

「……どうせ、もう会えないわ」
「まぁ!そんな卑屈になってはいけませんわ」
「やっぱり、今すぐ行ったほうがいいですわ!今ドレスを持ってまいります」

女中の一人が手入れしていた私の手を離し、風呂場から出て行こうとした。
慌てて身体を起こすと、バシャ、と水しぶきが上がる。
私は声を荒げて慌てて止めた。ドレスなんて、そんなの動きにくくて仕方がない!

「ド、ドレス!?ドレスなんていらないわ!」
「では、少しカジュアルな……」

「言っておくけど、行かないから!」

私がそう言い放つと、女中達は一瞬だけ黙って眼を見開き、それから残念そうにため息をついた。
出て行こうとした女中が戻ってくるのをみて、私はほっとしてまた浴槽の壁に身体を預けた。

「ユリ様は臆病ですわ」
「……初めて言われたわ」



女中達は頭を下げて私の前からパタパタと走り去っていく。
結局用意された衣服は薄い青のリボンとシンプルなブラウスにベージュの長いスカート。

ドレスではないものの……こんな可愛らしい服を着るのは、随分久しぶりのように思える。
屈辱……とは思わないが、なんとも私に似合わない服ではないか。
見た目が美しくとも、中身がそれにともなわければ意味はないのに。

それから、先ほどの女中の言葉を思い出す。
――恋、だなんて。
ただ忘れられなくなるだけで恋になるのだろうか?

ここ最近の疑問は、既に忘れてしまった。
……というよりも、その「恋」というものと「ガロ」に意識が向いていた。

何を考えているのやら。はぁ、とため息をついて、私は自室に向かおうとした。
それを止めたのは、凛とした執事の声。

「ユリ様、旦那様がお呼びでございます」
「……お父様が?」

――珍しい、私はただそう思った。

ルドルフ=フォルスブロム。父の名であり、英雄の名だ。
英雄だった父はかつて戦場で躍る忙しい身だったが、最近身体を崩したために戦場を引退し、ずっと家で養生している。
小さな頃から私を育てたのは彼だが、戦場を引退してからは私に興味が無くなってしまった様に構ってくれることはなくなった。
勿論、構ってほしいわけではないのだが。

そんな父が何の用なのだろうか?
まさかどこかで私がへまを外して、その評判が父にまで流れてしまったとか?
……いや、それはありえない。私はいつも完璧に戦場で躍ってきた。
父が居る部屋に向かうと、どうやら父以外にも人が何人か居るようだった。

「失礼します。お父様、何の用です?」

遠慮は、しない。最低限の挨拶をして扉を開き、部屋に入る。
そこには父と、知らない初老の男性と、どこかで見たことのある紅茶色が居た。

「おお、君がルドルフ殿の娘さんか!」

初老の男性が満面の笑みを浮かべて、私の前に駆け寄ってくる。
私は思わず眉を寄せて、椅子に座っている父の方を向いた。

「失礼。お父様、この方は?」
「サイモン=ガルトマン殿だ。今日は挨拶に来られたのだ」

「……そうですか。始めまして、サイモン様」
「美しい!なんと美しいのだ!」

サイモン=ガルトマンは私が恭しく頭を下げると、私を大絶賛しているようだった。
ガルトマン……ああ、友人の。と、今更理解する。
……なんだか、今日はなんども聞いたことがある気がする。

「ああ、ユリ様!何度も会えるなんて光栄です!相変わらずお美しい!」

……あー。なるほど。こいつだ。私は露骨に顔をしかめて、振り返る。
レニ=ガルトマン。今日廃墟に行く前に会った青年だ。
長い長い、ため息。それからまた父に向き直り、父に抗議する。

「それで、挨拶だけではないのでしょう?」
「ああ。レニ君はお前の婚約者になった」
「……はぁ?」

婚……約者?
それはつまり結婚を約束した相手、ということに……。

「お断りします」
「駄目だ」
「何故です!」
「フォルスブロム家とガルトマン家は繋がらなければならない。……分かってくれるな?」
「分かりません!」

眉を吊り上げ、机を叩く。
サイモン=ガルトマンが私の豹変振りに驚いて、部屋の端に避難した。
それからレニ=ガルトマンが少しションボリとした顔で私に問う。

「ユリ様……私と結婚するのは嫌ですか?」
「嫌です!断固お断りします!」
「ユリ!」

レニ=ガルトマンを睨みつけ、吼えるように叫んだ。
それを父が咎めるが、勿論私の怒りは消えない。

突然呼び出されたと思ったらこんな情けなく邪魔臭い男と私が婚約だって?
そんなの、納得できない!お断りだ!

「こんな男と!結婚なんて!絶対にお断りです!」

最後に机をもう一度叩いて、私は怒りを撒き散らして部屋から出た。
父もガルトマン家の二人も、私を追ってくることはなかった。





ああ、信じられない!
私はダンダンと激しい足音を立てながら、玄関に向かっていた。
こんな時は気晴らしに行くに限る。今日はあの廃墟で、朝まで過ごしてやる!

「あらユリ様、お出かけですか?」

女中が私を呼び止める。さっきの三人のうちの一人だ。
私は足を止めて、顔をしかめたまま吐き捨てるように言った。

「帰るのは明日になるから!」
「まぁ!その前にこちらにおいでください、いい物を渡しますわ!」

女中は何故か嬉しそうな顔をして、手招きをして食堂の方に走っていった。
食堂。……手ぶらで行ってはお腹がすくだろう、という配慮だろうか?
私は仕方なく行く先をそっちに決めて、女中について行った。

「ユリ様、ユリ様。こちらですわ」
「?」

なにやら、食堂の端にある扉から女中が手招きをしている。たしかあそこは従業員専用の部屋だったような。
私はそれに誘われるがままに、その部屋に入る。
……入ってから、入るんじゃなかったと後悔をした。



「……これは、何?」
「乱暴して申し訳ありませんわ。お出かけなさるならお洒落をしないと、と思ったのですわ!」

女中はにこにこと笑いながら私の手首に香水を振り掛ける。薔薇の香りだ。
青い大きなリボン。少し苦しいくらいに締め上げたコルセット。
青い石の入ったネックレスに、ふんわりとしたスカート。脚を覆うのはこれまた青いタイツ。
……ドレス、なのかしら。これは。なんて似合わない。

「これで出かけろって言うの?汚しちゃっても知らないわよ」
「まぁっ!汚すだなんて……程ほどにしてくださいませ」

にこにこを通り越してにやにやと笑う女中達。……なんなのだ、本当に。
私はその疑問も怒りにプラスすることにした。
手渡されたバスケットにはパンやアップルパイ、ヴィネルワインなどが入っている。

「楽しんできてくださいませね」
「……ええ」

廃墟で何を楽しめというのか。私はまたため息を吐いて、その部屋を後にする。
随分歩きにくいスカートだと、私はまた怒りを増幅させた。

外は既に薄暗い。玄関に置いてあったランプ(ガルトマンと彫ってあったが気にしないことにする)を引っつかみ、廃墟へ向かう。
片手にバスケット、片手にランプ。服装は可愛らしい青のドレス。どんなピクニック気分なのやら。
ちら、とランプのガルトマンの文字をもう一度見て、私はランプを放り投げたい気分に襲われた。

廃墟は酷く静かだ。さわさわと木々が揺れ、葉が擦れて音を立てる。
足場が悪く歩きにくいのを別に関係のないガルトマンのせいにして、奥の部屋に向かう。
割れた瓶を踏んで、また嫌な気分になる。誰だこんなところに棄てたのは、……あ。

「Hey, Did you come again?」

背後から異国語。振り向いてランプを向ければ、そこにはやはりガロが居た。
さっき会った時は座っていたから分からなかったけれど、彼はとても背が高かった。
細身の身体にすらりと長い手足。こうやって見ると随分スタイルがいいんだな、と思った。

――って、そうじゃない。忘れていた。ここはもう私一人の空間ではなくなっていたんだった。
ガロは片手に林檎を持っていて……なにやら私に見とれるように、固まった。

「ガロ?」
「...So cute...」

今にも消えそうな……とろける様な呟き。
私は首をかしげてバスケットとランプを石の上に置いて、それから、視界の隅に入った青い動きにくいスカート。
……ああ、そうか、私は今ドレスを着ているんだった。

理解して、私は顔がどんどん熱くなるのを感じた。
うわ、どうしよう。意識してしまう。恋だとか、お洒落とか、うわ、うわ。
思わずしゃがみこみ、赤くなった顔を手で隠す。

「み、見ないで!似合わないのは分かってるから!」
「The dress becomes you very much」

優しい声だった。ちら、とガロを伺うと、私の傍に片膝をついていた。
彼は、ほんの少し笑っているようだった。
――うわ、やだ。もっと恥ずかしくなるじゃない。
ガロを腕でぐいぐいと押しやって、頭を振り乱す。

「見ないでったら!見苦しいでしょう!」
「What is it? Why are you angry? ashamed?」

くすくす、とガロは笑った。困った人だ、とでも言いそうな顔で私の腕を掴む。
軽く折れてしまいそうな腕の癖に、力は以外にも強い。うぅ、と唸るとガロは私の髪をくしゃりとなでた。

「It is all right. You are pretty」

何を言っているかはわからないけれど、……なんだか、嬉しかった。
鋭い赤い瞳は、なぜかとても優しく見えた。


そのあと、ようやく落ち着いてからバスケットをあけると、何故だか二人分入っていた。
……女中達は分かっていたんだろうな、と思う。

ガロは感嘆の声を上げて、中に入っていたパンを取った。余程パンが気に入ったらしい。
嬉しそうにパンを頬張るガロはなんだか可愛く見えた。
……可愛く見えた、だなんて。駄目だ、女中達のせいで変に意識してしまう。

ごそごそとガロはパンを咥えたままバスケットを漁っていたが、一番奥で何かを見つけたらしく眉を寄せた。
何があったんだろう?と覗き込もうとするが、ガロに止められる。

「You do not need to look」
「何よ?……別にいいけど」

もう、と私は座り直す。ガロはもうバスケットを漁らなくなった。
それから、色々と(殆ど一方的に)下らない話をした。
勿論言葉が通じているか分からないし、ガロの言葉も理解出来ないのだが。

「Yuri」

名前を呼ばれるのが心地いい。なんていうか、居心地がいいというか。
話していて、そう思った。

「Yuri? Yuri!」
「……あ、っ、何?」

そうだ呼ばれていたんだ。何をしているんだ私は。
頭を振ってガロに向き直る。ガロは不思議そうな顔をしている。

「Do not you need to return?」

それから、トントンとバスケットの中の時計を指差した。
もう、寝る時間だ。既に真っ暗で、ランプが消えてしまったら仄暗い月明かりに頼るしかない。

……帰らないのか、とでも言っているんだろう。
私は苦笑して、ごろりと岩に寝転んだ。

「帰りたくないの。今日は。別に、いても気にならないでしょう?」
「...just good」

何を言ったのかはわからないが、ガロが断ろうがなんだろうが私は今夜はここで過ごすつもりなのだ。
息を吐いて空を仰いでいると、ガロが私の下の岩を指差しながら大きな布を渡してくれた。
敷け、か。優しいなと思いながら、私はそれを敷いてその半分の位置に寝転がった。

「半分はガロが使って。……おやすみ」
「...You are too defenseless」

静かに目を瞑ると、あきれたようなため息。
その後、ごろりと自分の隣にガロが寝転んだのがわかった。

「...Good night, Yuri」





目を覚ますと、ガロは居なくなっていた。小鳥が忙しく囀っている。
その代わりに、いくつかのピンク色の風船が転がっていた。手に取ると、ほんの少しぬめっていた。
風船なんてどこにあったのだろうか?

廃墟の中を色々歩き回ってみたが、ガロは居なかった。
行ってしまったらしい。もう、……会えないのだろうか。

……なに、こんな湿っぽいことを考えているんだろうか。
私は林檎の木を見上げるように空を仰いだ。木漏れ日が美しく、眩しい。

――恋、か。

ある人は美しいものと云い、ある人は邪魔臭いものと云い、ある人は永遠の病だと云う。
……私は、邪魔くさいものだと思う。
このモヤモヤとした感情が、この胸の痛みが、これが恋だというのなら、尚更。

……いつまで悩んでいても仕方がない。ガロはもう居なくなったのだ。
それでも、彼を忘れられないのは――ああ、もう何でもいい。
私は頭を振ってため息を吐き、バスケットを持つと廃墟を出ることにした。

こういう時は戦争に行くに限る。戦場は良い。
何もかもを忘れて、無心に武器を振るだけでいいから。

敷いてあった大きな布を拾い、空のバスケットに詰め込む。
無数に落ちている風船はそのまま放置することにした。

ランプは、どこにもなかった。そう、どこにも。
割れたガラスや壊れた蝋燭受けが落ちていたが、ランプはどこにもなかった。



早朝。
女中は洗濯物を干すのに裏庭に集結し、執事は父の世話に忙しい。
堂々と正面から入っても、誰にも見つかることはなかった。

自分の部屋に入ると、無造作に置かれた鎧と愛用の武器が目に入る。
私は早々に鎧に着替え、ガロが微笑んでくれた青いドレスをクローゼットに仕舞った。
それから壁に立てかけてある鎌を手に取り、いつも戦場に持って行く薄汚れた鞄も手に取る。
中身はこれだけあれば十分だ、というくらいの物が入っている。

誰にも見つからずに、私は家を出た。
廃墟にはもうガロがいるから……また別の癒しスポットを探さなければならないだろうか。
そんなくだらない事を考えながら、私はエスセティア大陸に降りたつ。

丁度、人数の割れている戦場があった。私は幸運に思いながら、それに参加する。
状況は少々劣勢気味。――うまく躍れば、問題ない。

私は特殊な石で武器にクリスタルの加護を与えると、前線に向かった。
途中、どうやら僻地の方が押されているようなので、目的地をそちらに変える。

その時だった。突然、PT申請が飛んでくる。思わず、眉を寄せる。
私はPTを好まない。そもそも、組もうなんて思ったことがない。
親しいものはそれを知っているため、PTを組もうとはしない。
私の成績はそれなりに知られているため、それに誘われた者がPT申請してくるものもいる。
が、私は全部断ってきている。

「かの有名なユリ=フォルスブロムはPTを絶対に組んでくれない」
意外と有名な話。……らしい。

それを、こいつは知らないのか?
私はため息をついて、とにかく断るためにPTに入った。
それから、さらに不機嫌になる。

「やあ、おはようございますユリ様」
「……レニ=ガルトマン」
「はい、私です」

紅茶色の髪を思い出す。顔は……まぁ、見れば思い出すだろう。
それから昨日の不快な出来事も思い出して、私はぎりりと武器を握る力を強めた。
この怒り、一度の戦争で発散できるか疑わしい。

「悪いけどPTは組まない主義なの」
「今日だけ、ということには出来ませんか?」
「嫌よ」
「……昨日も今日も、酷いですね」

どうやらレニ=ガルトマンは苦笑しているようだ。
知ったことか。私は無言でPTを出た。ところが、すぐにまたPT申請が飛んでくる。
時間が経てばそれは勝手に解除されるが、また飛んでくる。
……うっとおしい。この気持ちを言葉にするなら、これ以外は考えられなかった。
なんども解除申請解除申請を繰り返し、ついに私のイライラがピークに達した。

「いい加減邪魔臭いのよ!」

PTに入ってしまったのだ。そう叫んだ途端、ぽむと肩を叩かれる。

「ようやく入ってくれましたね」

紅茶色の髪。レニ=ガルトマンが私の背後に立っていた。
私は嫌悪感に顔をゆがめる。この男は、いつから私の後ろに居たんだ!

「……そこまで私と戦いたいの?」
「はい!私の戦いぶりを見ていただいて、見直してもらうんです!」

それを本人の前で言うのか、と私はため息を吐いてレニ=ガルトマンを無視して走っていった。
待ってください、という慌てた声が聞こえるが、そんなものは聞いていられない。
早くこのイライラを発散しないと、この男を殴り殺してしまいそうだ。

先ほどまで前線であっただろう位置に着いた。が、人は一人もいない。
おかしい。押されていたはずなのだ。それなのに、味方も敵もいない。
建築物の耐久度はある程度減っていたため、修理を頼むために声を張り上げた。

ユリ:[B:4]オベ、修理お願いします
ベル:了解、セスタス一名向かいます

「誰もいませんねえ」
「……ハイド、かもしれないわね」

険しい顔をして、私は辺りを見回す。足音はしない……が、気配がする。
もしかしたらその辺りに潜んで、様子を見ているのかもしれない。

「大丈夫です、私が貴女を守ります!」

はいはい、と返事して、私はステップで崖を降りた。
注意しなさいといいかけたところで、男と女の笑い声とレニの悲鳴が聞こえた。

そちらを振り向いた途端、視界が暗くなる。
ヴォイドダークネス。スカウトの操る、視界を奪う毒だ。
私は武器を一度振りそれが当たったのを感じたが、武器は容易く飛ばされてしまった。
アームブレイク。これもスカウトの武器を奪う技だ。

「な、っ」
「あらぁ~?ユリ=フォルスブロム様じゃありませんこと~?」

どこかで聞いたことのある、間延びする声。
嫌らしくにやけた女の顔を思い出して、いつかの暴言女だと連想した。
女は酷く楽しそうに笑っている。

「……奇遇ね」

口の中に溢れた血を吐き捨て、そう言い放つ。
レッグブレイク。足を、砕かれた。顔をしかめて私は倒れこむ。
そういえば、エンダーペイン……攻撃にひるまなくなる技をかけていないのを思い出した。

「ざまぁないですわねぇ~?」
「まったくだ。アンタのツレは逃がしちまったがなァ」

視界が徐々に晴れる。武器を奪われ情けなく逃げて行くレニの後姿が見えた。
……何よ、守るといったくせに。やっぱり情けなくて邪魔臭いだけなのね。

レニ=ガルトマンの背中を見送ったところで、また視界を毒で奪われる。
ちぃ、と舌打ち。どちらがどこで、どこに相手がいるのかも分からない。
力が徐々に抜けていくような毒――どうせヴァイパーバイトでも食らったのだろう――が打ち込まれた。

何もしないままデッドダウンだなんて、癪に障る。
この嫌味な男女の事だ、私の失態を言いふらすに違いない。
……イライラが、募る。不意打ちでなければ、こんなヤツすぐにでも殺してやるのに。

その時、誰かが崖を飛び降りてくるのが分かった。タン、と地を蹴る音がやけに目立って聞こえたのだ。
私は今にも死にそうな体力なのに、そんな私を助けようとするなんてどこの物好きか、と思った。

「何アンタ、この女助けに来たわけ?」
「無謀ねぇ~?」

「Hell Fire」

それは、聞いたことのある声だった。
熱い!という男女の悲鳴。暗い視界の中、燃え盛る炎がぼんやりと見える。

「Are you OK?」
「……ガロ?」
「Yes」

ガロは私の傷付いた肌を冷たい手でそっと撫でながら、ハイパワーポットを飲み干した。……高級品だ。
どうしてここに?だとか、どうして助けたの?だとか。
聞きたいことは聞かせてもらえないまま、ガロは私を手で制した。大人しくしていろ、と言いたげだ
武器はまだ戻っていないし視界も暗いし、それに瀕死だ。私は大人しくすることにした。

「ちっ……くしょお……!熱いじゃねぇかよォ~!?」
「いいわぁ……二人まとめて殺してあげる……!!」

男はリジェネレートをこぼしながらも飲み干し、女は勢いのままに突っ込んできた。
……女は気付いていなかったのだ。ガロがハイパワーポットを飲んでいたことを。

「Hell Fire. ...Are you idiot?」
「いっ……ああああああああああ!!」

私が最初に与えた傷。崖から飛び降りてきたガロのヘルファイア。その炎の燃えるダメージに、再度のヘルファイア。
そんな攻撃の数々に、クリスタルの加護が耐え切れるはずがない。
女は悲鳴を上げて、地面に沈んだ。男が悲痛な叫びを上げる。

「う、うわ……うわぁああああ!!」

男は、どうやら女がいないと何も出来ない情けない人間のようだ。
視界が徐々に晴れていく。気がつけば私の手には武器が戻っていた。
まず見えたのは、私に向かって飛び掛る男。

「お前だけでも……うぐっ!?」

ガロが私の壁になって、男の攻撃を受ける。その隙に私は武器を振った。
今のが当たったら死んでいたなと思いつつ、男から距離を取る。
男は情けなく転倒し、悔しそうに私とガロを睨みつけた。

それから立ち上がると、今度は私達とは逆の方向に飛び、逃げていった。
どうやら逃げた方がいい、と考えたらしい。たしかに、二対一では一の方が不利だ。

……だが、ガロはそれを許さなかった。
天から雷が落ちてきて、男を激しく吹き飛ばし、転倒させる。
――サンダーボルト。射程が長く強制的に転倒させる、厄介な魔法だ。

「You cannot escape. Because I murder you」
「くそ、くそ、くそおおおおおおおおおお!!」

自棄になってまた突っ込んでくる男。ガロはそれをステップして避ける。
男はガロに向かって武器を振るが、それは届くことがなかった。射程が、足りない。

「Good-bye」

ガロの赤い瞳が、一際美しく輝いた――気がした。





近くのクリスタルに回復に向かうと、そこにはレニ=ガルトマンが座っていた。
私が彼をぎろりと睨むと、ガロは不思議そうに首をかしげた。

「おお、ユリ様。ご無事でしたか!流石ですね!」
「ええ、おかげさまで」

嫌味にそういうと、レニ=ガルトマンはなんだかほんの少し落ち込んだようだった。
レニ=ガルトマンが座っているところから一番遠くに座ると、ガロはその隣に座った。
クリスタルが私の傷を癒してくれる。ほ、と私は安堵のため息を吐く。

「Who is he?」

ガロがレニ=ガルトマンを指差しながら問う。彼は誰だ?とでも言っているのだろうか。
レニ=ガルトマンに顔を向けると、少しだけ驚いた顔をしていた。

「彼は異邦人なんですか?My name is Renny. I am her fiance」
「...Really?」
「Yes, it is true」

レニ=ガルトマンが流暢に異国語を話し始める。彼は異国語を話せるらしい。
彼等はなにか話しているようだが、私には理解出来ない会話だ。
ようやく言葉が通じる相手が見つかったというのに、ガロは不満げに眉を寄せた。

「...Does she love you?」
「What?……はぁ、ユリ様」
「……何よ?」

なんだか仲間はずれにされた気分で、私は少し不機嫌になりながら返事をする。
レニ=ガルトマンはなにやらあきれたような顔をしていた。

「彼が、貴女は私のことを好きかと聞いています」
「私が?レニ=ガルトマンを?」

そんなの聞かなくても分かるだろう。私はレニ=ガルトマンが大がつくほど嫌いだ。
私はガロの手を握り、眉をしかめて顔を振る。

「大っ嫌いよ!」
「ちょ……ま……ひ、酷いじゃないですか……」

通りすがりのセスタス(さっき修理を頼んだ時に返事をしてくれた人だろう)が驚いたように振り向く。
レニ=ガルトマンは目に見えて落ち込んだようだった。そういう落ち込みやすいところも含めて、大っ嫌いだ。
情けないし、武器を飛ばされたぐらいで味方を無視して自分だけ逃げ出すような、根性無し。
こんな男が婚約者だなんて吐き気がする!

「……私はガロの事が好きなんだから」

呟いてから、私は後悔する。多分レニ=ガルトマンには聞こえていないし、ガロは理解もしていないだろう。
それでも、私の顔はどんどん赤く染まっていく。
なにを言っているんだ、私は!まだ恋だと決まったわけでもないのに!
その時ガロはといえば、くすくすとおかしそうに笑っていた。

「me too. I love you, Yuri」
「が、ガロ!言葉が通じてないのは分かってるけど、忘れていいから!」
「Why is it?」

ガロは首を傾げる。何を言っているんだ、って?そんなこと気にしなくていい!
私はがしがしと髪を乱すように頭を掻いて、唸る。
レニ=ガルトマンの泣きそうな視線が酷くうっとおしかった。

「な、何事ですか?なんで私のことが嫌いなんですか?」
「あなたは黙っててよ、レニ=ガルトマン!」
「ひ、酷い」

紅茶色の髪が揺れて、薄い緑色の目が潤んで細くなる。
気色悪い!男が、泣くんじゃない!
私は恥ずかしいのかイラついているのか分からないまま、立ち上がった。

こんな時は暴れる……いや、躍るに限る。
レニ=ガルトマンがひくひくと震えている。非常に、うっとおしい。
ガロはそれを見て笑っているようだ。彼もレニ=ガルトマンが嫌いなのだと勝手に思うことにする。

そんな二人をそこに置いたまま、私は前線の方に踵を返す。
何もしないまま戦争が終わっては困る。それでは戦争に来た意味がないじゃないか。

「さっきはよくもやってくれたわねぇ~?」

――不意に、間延びする声。
思わず無意識に武器を振ると、何もないところから女が飛び掛ってきて、私の攻撃に当たり転倒した。
くそ、と悪態をつきながら私を睨みつけ、立ち上がる女。
クリスタルの傍に座っていたガロと、遅れてレニ=ガルトマンも立ち上がる。

「待って」
「What?」

武器を構える二人を止める。何故止めるのか?それはもちろん楽しむためだ。
私は、静かに微笑んだ。女がそれを見て顔を歪める。

「丁度いいわ。あなた、私に付き合いなさい」
「はぁ?ふざけないでくれるぅ?」

「……躍らせてもらうわ。貴方が死んでも、ね」



「おつかれさまですー」
「逆転ナイスです!前線押せたのがよかったですねー」

戦争はどうやら自軍の勝利だったようだ。勝利を祝う声が飛び交っている。
私はあまり減らなかったリジェネレートを一口、それから空を見上げる。
青い。いつも灰色に見えた空が、透き通るように青い。

「Hey, Yuri」
「あ、ガロ。おつかれさま。……見苦しいところを見せちゃったわね」
「ah... Looked happy and was good」

ガロは私の頭をぐしゃりと撫でた。
背の高い彼を、見あげる。赤い瞳がにっこりとこちらを見据えていた。
この目だ。この目が、灰色だった私の世界に色を与えた。

「……綺麗な、目よね」
「Thank you. You are beautiful, too」
「貴方を見ていると、安心するの。……不思議ね」

どうせ通じていないのだから、私はもう隠さないことにする。
そもそも通じているのなら、さっきの告白だって通じているはずだもの。

「...You say too much a shameful thing...」
「なあに?……異国語、勉強しようかしら」
「oh! Then will I speak words same as you?」

「貴方の言葉が理解できれば、きっともっと仲良くなれるのに」
「It may be so」

ガロは何故だか可笑しそうに笑って、また私の頭を撫でた。
それから手を振って、どこかに歩いて行ってしまった。
ガロの背中が見えなくなる。私は深呼吸をして、また空を見上げた。

「また、会えるかしら」
「多分また会えますよ」
「……まだ何か用があるの?レニ=ガルトマン」

余韻を楽しんでいたというのに、まったくこの男は空気を読まない。
振り向かないまま不機嫌そうにそういうと、レニ=ガルトマンはやれやれとため息をついた。

「いい加減そうやってフルネームで呼ぶのをよして貰えませんか?」
「私、気を許していない相手はフルネームで呼ぶことにしているの」
「で、では、気を許していただけるよう頑張ります!」

何を意気込んでいるんだ、とため息を吐く。
私は眉間に皺を寄せたまま振り向き、レニ=ガルトマンを軽く睨んだ。

「そのうち気は許すかもしれないけど、結婚は絶対にしないわよ」
「え、ああ、それは勿論。貴女には彼がいるでしょう」
「……はぁ?」

「彼ですよ。ガロ……って、言いましたっけ」

レニ=ガルトマンは顎に手を置いて思い出すようにそういった。
途端に、私の顔は赤く赤く染まっていく。
何を、言っているのだ、この男は!

「彼の事に関してとなると、凄く珍しい表情をしますね、ユリ様」
「う、うるさい!」

浅黒く汚れた武器で殴りつけると、楽しそうに笑っていたレニは本気で痛がってしゃがみ込んでしまった。


結局、ガロはあの廃墟にいた。
また会えるかだなんてものはくだらない戯言だったみたいだ。

それから毎日廃墟に行って、ガロと通じない会話をして、一緒に日々を過ごした。
灰色の世界に、赤い瞳から徐々に色が広がっていくのが、なんだか心地よい。

ガロに向かって好きだというのも、随分慣れた気がする。
ガロが私のことをどう思っているのかは知らないけれど、それでも。

「ガロ。私、あなたの事が好きだわ」
「Me too」

私が好きだというと、ガロはいつも「Me too」だとか「I love you」だとかって返事をする。
やっぱり、異国語を勉強しようと思った。

「ガロのおかげで悩みが解決したの。くだらない悩みだったわ」
「oh, It was good」
「戦争なんて、ただのストレス解消なんだわ。私にとって」

クリスタルの加護があるからそう言えるのだけれど、今はそれでいい。
戦争で自分の国に利益があろうとなかろうと、そんなのは知ったこっちゃない。
父のような英雄なんか願い下げだ。


私は岩にごろりと転がり、空を仰いだ。
空は青く、それを遮ったガロの瞳は美しく赤く輝いていた。











エピローグ


「えーっと……ガロ、でしたよね?」
「...Renny?」
「ええ、そうです。……どうせこちらの言葉も理解できているんでしょう?」
「ah? ……なんだ、バレていたのか」

「確信はありませんでしたけど。貴方、ユリさんに随分恥ずかしいこと言いまくってるらしいじゃないですか」
「お前には関係ないだろう」
「ええまぁ、関係ありませんが」

「それで?何か用があって話しかけてきたんだろう?」
「いえ。確認したかっただけですよ」
「へぇ?なら俺はもう行くぞ。ユリが待ってる」

「ああ、そうだ思い出しました」
「何だよ」

「なんでわざわざ異国語で喋ってるんです?」
「……いまさら普通に喋ってもユリが怒るだけだろ。なんで喋れるの!って」
「いえ、そうではなくて」
「あぁ?……たまたま知り合いに異国人がいて、知り合いと会ったあとだったからつい異国語が出ちまっただけだ」

「あ、そうだもう一つ」
「……何だよ」

「貴方確か名門のんむぐっ」
「何で知ってる!!」

「……知り合いが写真を持っていたんです。貴方に似ていると」
「……いいか、ユリには絶対言うなよ」

「何故です?」
「恥ずかしいからに決まってるだろうが!!」


ユリが異国語を勉強してガロの言葉を理解するのも。
ガロが間違えて普通に喋ってしまうのも。
レニがユリの家のおせっかいな女中の一人と付き合い始めるのも。
全部全部、随分後のお話。




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