黒電話がけたたましくなっている。
とりあえず気が散るのでぶち壊しておいた。
多分異変に気付いた人からの電話だろう。
…残念ながら、もう遅い。
この家は丘の上。しかもかなり上の方。
気付いてから到着まで三十分はかかるだろう。
気温が少しずつ上がって行く…暑い。
もう近くまで火が回ってきたのだろう。
痛みを耐えているゴズの表情が、少しだけ愛らしく見えた。
…つくづく自分はサドだと思う。
「何故…私はお前の父なのだぞ!?」
後ろで焼け落ちた家具類がその怒鳴り声を遮った。
案外早く火が回ってきた。早いうちに済ませてしまおう。
「母上を見殺した貴方が父上?笑えない冗談ですねぇ」
フ、と嘲笑うように言う。
「違う…違う!!」
その表情は哀れなほど必死だ。
哀れで…そして何も知らない彼。
「そういえば貴方はジェイドも見殺しにしましたね。
ジャック…あぁ、姫とオイラを実験台にもしましたし」
「っそれは…」
唇を噛み俯く。言い逃れの出来ない真実。
コキン、と凝った肩を鳴らし、腰から鎖を取り出す。
ナイフの部分を構え、ゴズを睨む。
「さよなら、父上。ずっとずっと、貴方のことを――…」
家具が焼け落ちる。
呟いた言葉はかき消されて聞こえなくなった。
憎んでいた血は辺りに飛び散り、広がり、汚い赤に染めている。
この血が自分の中にも流れていると思うとぞっとする。
「でも父上、改造してくれたことは感謝していますよ?」
じゃなければ今の自分はいないから。
ゴンザは頬に付いた血を拭い取り、焼け落ちる家の中から出ようとした。
ふと、不意に視界が歪む。
「?」
くらりと眩暈がして…。
「――…隊…う…隊長…!」
「…あれ、ヴァルツ?…ここ…」
ゴンザはゆっくりと体を起こした。
ズキンッ…頭が痛む。
「オイラ…?」
「よかった…」
「御免なさい…まさかこんな事になるなんて思ってなくて…」
ヴェルネがベッドの脇に立っていた。
俯いて軍服を握り締めている。
ヴァルツはどんな彼女を見てふぅ、とため息をついた。
「どうやら爆弾に隊長の使っている痺れ薬か何かを入れた様で…」
「いい、いい。全然大丈夫だから」
ゴンザはニコ、と微笑む。
「そうですか、良かった…薬を持って参りますね」
ヴァルツは相変わらず無表情でそういって部屋を出て行った。
するとヴァルツが出て行ったとたんヴェルネは椅子にどっかりと座った。
「やってくれたね。まさかこんなことするなんて思ってもみなかったよ」
「何で死なない。何で」
ち、と舌打ちが聞こえた。
やはりヴァルツがいない所ではこうだ。
「君が使ったのは何番?」
「…お前の部屋にあった…B-032」
「あぁ、やっぱり」
ゴンザはクスクスと笑った。
ヴェルネは眉をしかめ、笑うゴンザを睨んだ。
「軽い体の痺れと頭痛。それはオイラが作った薬だからね」
「畜生が」
「そういうのは低能の下っ端たちに言ってくれる?」
…沈黙。
ヴェルネは我慢できずに窓枠に手を付き、外に飛び出て行った。
「…死ねばよかったのに」
ゴンザは一人残った部屋で愉快そうに笑った。
彼女は自分を飽きさせない。
…いつまで楽しませてくれるのかな?
その小さな呟きは窓の外に流れていった。
(吐息が苦い。それはきっと毒のせい)
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