「おーはーよー…。」
「遅いです。隊長」
ヴァルツは小さく溜息をついて眼鏡をくい、とあげた。
ゴンザは欠伸をしつつぐ、と背伸びをした。
「夢見が悪くてね。」
「そうですか…。」
ヴァルツは少しだけ溜息をついた。
昨日ぐちゃぐちゃになっていた部屋の中はすっかり綺麗になっていた。
「薬の副作用では?」
「…かもしれないね。だからといってどうにもならないんだけど。」
本当に、最近は夢見が悪い。
しかも毎回毎回よりにもよって彼女が出てくるのである。
…そう、ジャックが。
彼女は何処かの花畑の真ん中で、あの時のままで微笑んでいるのだ。
そう、まだ名前が「リン」だった頃の。
しかし彼女に近づく度にどんどん成長して行き、そして
「人殺し!!!!」
…そこで、目が覚めるのだ。それが毎日毎晩…。
いつもいつも人殺し呼ばわりされて堪った物じゃ無い。
…否、真実だからしょうがないと言えばしょうがないのだが。
「…隊長、聞いていますか?」
「え?…あぁ…ごめん」
ヴァルツははぁ、と溜息をつくて指で手元の紙を指した。
「で?どいつだって?」
「この男です、この」
トン、と男の写真に指が置かれる。
…何処かで見た事のある顔。
どこで見たのだろうか…それはずっと昔の記憶の奥に。
確か、飾ってあった絵画の、その名前、は。
「…ゴズ…リスエド…?」
「おや。偶然ですね。隊長と同じ…」
ヴァルツはそこで言葉を止めた。否、言葉を発せなかったのだ。
…ゴンザはさも楽しそうに笑っていたのだ。そう、少し所ではない狂気を抱いた笑い。
それは恐ろしく、何故か美しかった。
「お知り合いですか?」
「そうだね。オイラの父…なんて言い方したくないけど、そういうこと」
ヴァルツは何かを悟った。きっと憎んでいたのだろう、と。
ゴンザの狂った笑いは網膜に焼き付き、消えずにいた。
「…何ならサポートいたしますが」
「いや…いい。オイラ一人でする」
「…了解いたしました」
ヴァルツはペコリ、と頭を下げると、棚からカップを取り出した。
取り出したのはゴンザのではなく新しいもの。
「…オイラのは?」
「すいません…ヴェルネが壊しました」
ヴァルツは申し訳なさそうにそういった。
別にいい。所詮昔から使っていたものじゃ無いから。
昔使っていたものは城にある。…そう、「リン」の部屋に。
「リン…何してるだろうな…」
「…隊長。紅茶、何に致しますか?」
「あー、アッサムでミルクたっぷり。勿論ミルクが先だよ」
とても小さなこだわり。けれどとても大切なこだわり。
これはずっと前から守り続けて来たこだわり。
甘い香りが漂う。そう、それは理性を忘れそうなほどの。
ヴァルツはいつも無言で紅茶を淹れる。黙ったまま、何も言わずに。
「ヴァルツはぁ~何ていうかぁ~もうちょっと喋った方がいいと思うよぉ~」
「…これでも喋っていたつもりだったのですが…」
ヴァルツは少しだけ悲しそうな顔をした。しかしすぐいつもの顔に戻る。
コト、と紅茶の入ったカップが机に置かれる。
砂糖はいれずに啜る。ふわりといい香りが口に広がる。うん、美味しい。
「それはそれは。素敵なほどの勘違いだね」
「…そうですか…」
小さな溜め息。そこまで落ち込む事も無いのに、と少しだけ思う。
「そうそう、隊長。これ、行くまでによろしくお願いしますね?」
ふと振り向くとそこには積まれた大量の書類とヴァルツの笑顔。
はじめてみた彼の笑顔は…恐ろしいほど引きつっていた。
それを見て、ゴンザも引きつった笑顔を見せた。
(やらなければいけないことは、山積みのようだった)
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