「ねぇ、ゴンザ…あの人を捨てて貴方を愛してもいいかしら?」
女はそういった
あの人、というのは彼女の主人のことらしい
…自分のことを愛してくれる?そんなのただの戯言に過ぎない
「それは光栄です」
口から滑り出るでまかせは面白いくらい馬鹿らしかった
しかしそう言うと女は嬉しそうに微笑んで自分を抱きしめた
「愛してるわ、ゴンザ。貴方も私を愛してるでしょう?」
自分勝手な女
前主人に貢がせ、金を搾り取る
そして何もなくなった旦那は捨てて次の男へ
それを何度も繰り返した女
哀れな女
挙句の果てには「全員から」暗殺以来を出されてしまったのだから
「あぁ…ゴンザ…」
「ふふ、愛してくれてオイラはとても幸せです。とーっても…」
にっこりと笑う
抱きしめるその手には一振りのナイフ
彼女は何も知らないまま消えるのだ
ずっと愛されたことなんてなかった事も
これが暗殺のための偽りの愛だという事も
たった一つ知れたのは自分が殺されたということ
流れ出る血はとても汚い…濁った赤
心臓を一突き、苦しまずに死ねたのだ。彼女は
「感謝してよ?」
ニィ、と笑って血に塗れたナイフを舐め上げる
鉄臭い血液の味が口いっぱいに広がる
…不味い
思った通りの味
「さてと…そろそろ帰るかぁ」
嫌になるほどこの女を抱いた
向こうが求めてくるのだ
疲れた、眠い、だるい
とにかく早く戻って休みたいと思った
「ただいま」
「お帰りなさいませ隊長」
ヴァルツは振り向きもせずに散らばった書類を片付けている
確かあれは自分の机の上にあったやつだ…ったと思う
何故床に散らばっているのだろう
「どしたの?これ」
きつく締め過ぎたネクタイを解きつつそう言うと、ヴァルツは困ったように溜息をついた
「それが…ヴェルネがいきなり部屋に入ってきて荒らしていったんです」
「…そう」
どうやらヴェルネは自分のことが嫌いらしい
このあいだも風呂に入っていたら思いっきり頭から水をかけられた
それに「失敗した」とか言って武器を投げつけられたこともある
…迷惑極まりない
「…妹を責めないであげてください。
多分私を隊長に取られてひねくれているだけだと思います」
「兄弟愛だねぇ」
くすくすとゴンザは笑って黒いスーツの上着をヴァルツに投げ付けた
ヴァルツは苦笑して手馴れた様子でそのスーツをたたんだ
たたんだスーツはそこにあったタンスの中へ
タンスの中にはさまざまな衣装がある
…中には女性用のドレスもある
一応言うが全て仕事用だ
姿かたちで人は油断するものだ
「隊長、お疲れですか?整理しておきますのでお休みください」
「そう?有難う。じゃ、お休み」
ゴンザはそう言って欠伸をすると自部屋の方に歩いていった
(眠りに付けば冷えていく体温も忘れられる、から)
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