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2022/02/05
怪我させたくなくて一人でうずくまるダークランサーと、怪我してでも面倒を見るダークナイト








「なあ」

一人きりの暗いバスルーム。泥だまりのような浸食の闇に満ちたバスタブの中、蹲っているダークランサーが掛けられた言葉にふと顔を上げた。
その顔が酷く疲弊し痩せこけているのを見たダークナイトは、どうやら彼は何も食わず飲まず眠りもせずにいたのだろうと思った。

「触ってもいいか?」

主語の無い言葉。ダークランサーは意味を分かっているのか分かっていないのか虚ろな瞳でこちらを一瞥し、緩やかに頷いてまた蹲ってしまった。
許しを得たダークナイトは、たぽりとこぼれた闇を手で掬い、闇で満ちたバスタブの中へと手を沈めた。

彼が触ってみたかったのはこの実体があるのかないのかわからない闇だった。
水のように揺蕩ってはいるが水ほど滑らかでもなく、あるいは溶けたスライムの如く粘度があるようで、しかし煙のように触れた傍から消えていく。
まるで川の中の魚を掴もうとする子供のように、闇の中突っ込んだ手を彷徨わせ、手を杓がわりに引き抜く。残念ながら手に取れないようで、手の黒色は自前の闇でしかなかった。

「私の闇とは違うな」

ぽつりと呟くが、ダークランサーは何も反応をしなかった。
再度闇の中へ手を差しこむ。ほんの数センチ差しこむだけであっという間に手が見えなくなってしまうほどの深い黒。
いつもはこれを自らの黒雷という別の闇でバランスよく抑えていると聞いたが、どうもそのバランスは定期的に崩れるのだという。

「触れても何ともない」

ほんの少しだけ、嘘を吐いた。本当は少しだけ、氷の冷たさが沁みるような感触があった。
ダークランサーはまた億劫そうに顔を上げて、じわりと暗く濁った瞳をこちらへ向ける。

「人を狂わせるこの闇が外に漏れないようにしてくれたのだろう。……心配しなくてもいい」

宥めるようにごく穏やかな声色でそう告げると、濁った瞳がうるりと歪む。
その頬に手を伸ばそうとするが、ばぢりと音を立てて弾けるほど強い黒雷に阻まれたので、引っ込めた。
浸食が制御出来ないのと同時に、黒雷のことも制御出来ていないらしい。

「だからこんな狭いバスタブからは出てこい。……お前が心配なんだ」
「……じゃあ、ベッド。貸して」

ようやく聞けた声は酷くひび割れて、擦れていた。

「構わん」
「いいの?ベッド、だめに、するかも。お前に、怪我させる、かも」
「それも構わん。私はお前の方が心配だ」

やつれて乾いた美貌がふにゃりとやわく歪んで、黒雷がぱちんと弾ける。その瞬間、ダークランサーは糸が切れたように気を失った。
バスタブの縁に頭をぶつけそうになった彼を支えてやり、ずるりと引きずり出して抱き上げた。気を失った高身長の成人男性だというのに、その身体は酷く軽い。
肌から染み出すようにぼたぼたとこぼれる浸食の闇が、床に落ちては黒く染み入りじわりと消えていく。
しばらくは部屋の黒ずみに悩みそうだ、と酷く所帯じみたことを思った。

意識のないダークランサーを抱き上げたダークナイトは、肌にも染み入る闇の浸食に抵抗しながら、それでもそれを気にも留めていないように振舞って、優しくベッドへと運んでやった。
白いシーツはあっという間に浸食されてしまったが、構わなかった。
あんなにも攻撃的だった黒雷が弱まってしまい、意識を無くしたダークランサー。質素な白いベッドはどろどろの闇に浸食されきって、黒いゆりかごと化していた。

「よく休め」

目を細めたダークナイトは、自身の膜のような闇で天蓋を作ってやった。
彼の青ざめて血の気のない頬を撫で、黒い髪を撫でつける。闇に触れた手の沁みるような痛みを堪え、やわく、ゆるく、微笑んだ。



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