2022/01/28
恋人と自分を天秤にかけ、別の自分を加味して恋人を取ったダークナイトと、自分の想うダークナイトはひとりだけのダークランサー
※死にますが冒険者なので生き返ります。
しん、と音のしない止まった時間。
ダークナイトは慌てたようすはなく、しかし急いた心のまま辺りに視線を走らせた。
振り上げ、己に向かって勢いよく振り下ろされた魔獣の拳は眼前でかちりと止まっている。
拳の着地点から離れながら振り向いた視線の先では、共に来ていたダークランサーが槍を構えていた。
ぐっと腕をしならせて振り上げた槍は、時間が動きはじめたら彼の目の前にいる魔獣へと突き刺さるのだろう。
──ならば、彼の背後にいる魔獣は?
闇を纏う自らの武器である大剣をしかと握り直し、止まった時の中を駆ける。時間を止めることが出来るとはいえ、動ける時間はそれほど長くはない。
途中途中に魔獣を切り裂きながら駆け寄るが、辿り着くまでに力の限界が来て時が動き始める。
止まっていた世界が徐々にスローモーションに動きだし、やがて元の時間の流れへと戻るだろう。
ゆっくりとダークランサーの手から槍が投擲され、魔獣へと突き刺さる。
その背後、長く太い爪を持つ魔獣が彼へと飛び掛かっていく。
その魔獣を切り捨ててやりたかったが、大剣を構えるその刹那すら惜しかった。
魔獣とダークランサーの間に身体を滑り込ませる。——その瞬間、時は正確に進み始めた。
長く太い爪は想像していた通りに鋭く肉を切り裂いて、そうしてからようやくダークナイトの大剣が振るわれる。
叩き切った魔獣は断末魔もそこそこに砂のように崩れて消えて行き、同時に凶器という蓋をなくした傷口が勢いよく血を溢す。
「お前何やって」
「いいから集中しろ」
大きな魔獣はある程度片付けたが、小さな魔獣はまだいくつも存在している。
力が抜けそうになる握力に気付き、握った手の上から闇で縛り上げた。
背後にいるダークランサーが低く獣のような唸りを漏らしたのがはっきりと聞こえた。
「何も気にしなくていい。私はまだ、まだ他の次元にいる」
気が付くと血に濡れた周囲には魔獣はおらず、己とダークランサーの二人だけになっていた。
朦朧とした意識のなか命が溢れていくのを感じながらぽつぽつと呟く。
ダークランサーはただ、ただそこに立ち尽くしていた。
「何も、気にしなくていい」
「待てよ」
震える手が槍を取り落とし、ふらふらと近付いてくるのが霞む視界に見えた。
「別の時間の、次元の私が……また、お前を、」
「待てって」
立っていられなくなり崩れ落ちるが、震える手がその身体を受け止める。……受け止めきれず、血に濡れた地面へと二人揃って転がる。
「なあ。待てよ」
前が見えない。けれど、聞こえる声だけで彼の表情は分かってしまった。
「別の時間?別の次元?そんなの……そんなのお前じゃない。俺の……俺の大事なお前は、お前しかいないのに」
泣くなよ。
そう声をかけようとした唇も、涙を拭おうとする手も、もう動かなかった。
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