2022/01/28
愛されないらしいダークランサーと、愛しているダークナイト
「結局のところ、お前は抱いてくれる男が誰だろうが構わないんじゃないのか?」
さらさらとした長い髪が、仰向けのまま呆然としていたダークランサーの頬を撫でた。
覗き込んでくる自分と全く同じ色をした目をうろんげに見上げて、返答の代わりに瞬きだけを返す。
「愛されてなくとも構わないなんて嘯いて」
投げかけられる言葉には馬鹿にするような嘲りの響きがあった。
「予防線を張らなくとも、お前が誰かに愛されることなどなかろうに」
冷たい手が頬に触れ尖った爪が肌を掻くが、頬に走る黒雷がパチリと弾けてその手を拒む。
じわりと滲む浸食は霧散するが、黒雷は変わらずパチパチと迸っている。
「忌々しいその闇。そんなものを宿すひとでなしを愛するものなどどこにもいない。存在しない」
再度、返答の代わりに瞬きを返す。
見下ろしてくる黄色い瞳が苛立ったように歪んで、すわ口付けかと見紛うほどにずっと近付いてきた。
「誰もお前を愛さない。この私も、お前自身も」
「……」
言い返そうと口を薄く開いて、結局、なにも言わずに閉じた。
気力をなくしてされるがままの俺を見て、また嘲笑が響く。
「不特定多数の男に抱かれる日々はさぞ楽しかったろう。今ただ一人を相手にして退屈しているんだろう?違うか」
空気が凍ったようだった。言われた言葉に瞬きが早くなり、それでも、何もかもを諦めたように目を伏せる。
「よくもおぞましい過去を黙っていてくれたものだ。なあ。幸せになれると思ったのか」
言われて、すう、と。目を閉じた。何を言われても構わなかった。
なんと言われようと、過去は変わらない。変えられない。
「──好きに言えよ」
「開き直るんだな」
クッ、と目の前の顔が歪んだ。
長くやわらかい髪がさらさらと頬を撫でる。同じ色合いの目をじっと強く見返すと、馬鹿にするような笑みはひきつった笑みに変わった。
「よくも」
「よくも、まあ」
言いかけた言葉を遮って、カシャンとガラスが割れるような音がした。
空間がひび割れて、次いでガシャガシャと崩れ落ちて行く。
「私のものを拐ってくれたものだ」
影が差す。頬を撫でていた長い髪が、赤色を揺らして離れていく。
「返してもらおうか、シロコ」
「貴様ッ」
女の言葉はそこまでで、それ以上続かなかった。
仰向けのままのダークランサーを、人影が──ダークナイトが覗き込む。
「無事か」
「……遅えよ」
立ち上がらせるために手を伸ばしてくるが、こちらが動けないのを察するとその手は引っ込んだ。
それから、尖った爪の黒い手はするりと背中へ潜り込み、あまりにも簡単に抱き上げた。動けないまま、ぼんやりと彼を見上げる。
「幻覚に取り込まれるなぞ、よくもまあ奇っ怪な」
「ん……幻覚はよく見てるけど、取り込まれたのははじめてだ」
「なんだそれは?よく見てる?聞いてないぞ。……なぜ言わなかった」
「……あんたに迷惑をかけたくなかったんだよ」
だらりと力なく垂れ下がった腕で顔を隠そうとしたが、腕が動かなかったので出来なかった。
気恥ずかしい気持ちのまま顔も隠せず、むず、と唇を歪ませる。
「幻覚やら幻聴やらは日常茶飯事だ。魔槍を手に入れてからはずっと」
「そうなのか」
「だから、今回も放っといたってどうせ戻るだろうって」
「しかし保証はないだろう」
黒い手が頬を撫でる。尖った爪が頬を掻くことはなく、するりと撫でていくばかりだ。
「……私を呼べ。また、次元を裂いてでも来てやる」
同じ色合いの目を見つめると、真剣な顔でじっと見返してきた。ダークランサーは眩しそうな顔をして目を細め、ゆるりと口元を緩ませて「ふは」と笑った。
「呼ばないと来ない?」
「どうだろうな。今回は呼ばれなくとも来てしまった」
「……アンタは俺を愛してくれる?」
「ふむ。それを望むのなら」
「望まないと駄目?」
「……いや、そうだな」
柔らかく淡い色の長い髪が頬を撫でる。かさついた唇が優しく触れた。
「お前が望まなくとももう愛している。だから助けに来たんだ」
これも幻覚なのかな、と思った。たとえこれが幻覚だとしても、こんなに素晴らしい幻覚は初めて見たなあ、なんて感動するだろう。
「――俺も、アンタを愛してるよ」
擦れた吐息のような告白だったが、ダークナイトはそれを聞いて緩く微笑んだ。
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