2021/12/27
親切な人柄で人を誑すダークナイトと精神支配で人を魅了するダークランサーの執着と嫉妬の話。
未転職の向こう見ず鬼剣士くんがそこんところに突っ込んでひどい目にあったりします。
DKDLより鬼剣士くんがめちゃくちゃ出張ります。
ベッドシーンはあるけど行為はありません。
前後で別れてることによりお察しの通り、ちょっと長いです。
簡単なざっくりキャラ説明
・冒険者
いわゆるプレイアブルキャラ。アラド大陸を冒険する人々。魔獣や魔物に遭遇するため、強くならないと生き残れない。弱いものから軽率に死んでいく。
・エルブンガードのライナス
初心者用説明男。がっしりした鍛冶屋のおじさん。元凄腕冒険者だが引退済み。冒険者たちが強くなるための道(転職)をすこしだけ教えてくれる。
・鬼剣士
腕に鬼が宿り赤く染まった剣士。普通の人間より腕力などが高かったりするが常に暴走の危険性をはらんでいる。成長するにあたっておおまかに「制御する」か「暴走させる」か「別の力を頼る」に分かれていくことになる。
・ダークナイト
鬼剣士であったが色々な実験の末に「闇」と「時間」と「時間軸(パラレルワールド)の移動」などの力を操れるようになった剣士。いくつもの時間軸で失敗してバッドエンドを迎えている。薄いベールのような薄暗い闇を持つ。腕を中心とした全身の肌にタトゥーのような闇が染みついている。
・ダークランサー
シロコという名の使徒(すごい強い人外)の力を埋め込まれ暴走した末に「シロコの闇」を操れるようになった槍使い。定期的にシロコに乗っ取られてしまいそうになる。どろどろしたスライムのような真っ暗の闇と、雷のように弾ける闇の2種類を持つ。心臓を中心とした全身の肌、粘膜などにタトゥーのような闇が染みついている。
・闇
色んな種類がある。別の種類同士は混ざらない。ある程度強くなり耐性を手に入れておかないと触るだけで死ぬこともある。
◇
日が沈みかけるヘンドンマイアの大通り。
冒険者ギルドの掲示板の張り紙たちの前に1人、少年から青年へと進もうとしている若い男が立っていた。
身の丈ほどもあるだろうかという巨大な剣を背負い、固そうな淡い色の髪はヘッドギアで後ろに抑え付けて流している。重そうな手枷をいくつも巻き付けた腕は妙に赤く、目付きの悪い三白眼をきょろきょろさせていた。
ベルマイア公国の中でも比較的平和であると言われているヘンドンマイアでも最近はよく見られるようになった冒険者の1人。とどのつまり、アラドのありふれた鬼剣士というわけだ。
そんな彼は冒険者ギルドの張り紙を前にして酷く困った顔をしていた。こなせる依頼が見つからないのである。
エルブンガードから意気揚々と出てきた新人冒険者なのもあったが、まあ、原因は正直言って判明していた。転職をしていないのだ。
エルブンガードの親切な鍛冶屋ことライナス氏いわく、剣の道を極めると決めたり、鬼手に身を任せると決めたり、鬼手を支配すると決めたり、あるいは何もかもを捨てて別の道を進むと決めたりなど、冒険者になる鬼剣士たちは皆そうやってある程度の強さの指針を先に決めておくのだという。
しかし、彼はそれらのどれも選ばなかった。心配そうなライナスに快活に笑いかけて、そのままエルブンガードを出てきてしまったのだ。
どうしたものか、と困った顔をして立ちすくむ彼に声を掛けるものはいない。冒険者は自己責任のもと成り立っているので、わざわざ初心者らしき冒険者に声を掛けてやる物好きはそういうのが趣味な者くらいだ。そして、この場にはそういうのが趣味な者はいなかった。
がっくりと肩を落とし、とぼとぼと掲示板の前から離れる。無理をして難しそうな依頼をこなそうにも、命がいくつあっても足りないくらいのものしか見当たらなかった。
「修行するにしたって、方針も決まってないし……やり方も分からないし」
ぶつぶつと愚痴のような呟きを漏らしながら行く宛もなく道も分からないままヘンドンマイアを歩く。時刻は夕方を過ぎたあたりで、街の至るところから夕飯らしい良いにおいがしてくる。
ぐう、と腹が鳴った。ちらりと財布を覗いて、ため息を吐く。持ち合わせはそれほどないし、でも腹が減っては何も出来ないし……。
依頼をこなしてちゃちゃっと金を稼ぎ店に入り、という当初の予定は崩れてしまった。こんなことならもっとエルブンガードで準備をしてくればよかったな、と今さらの後悔が沸いてくる。
昼に安物のパンで適当に腹を満たしたきりだし、夕飯はもう少し腹にたまるものを食べたい。それに今夜の宿も見つけなければならない。
味は二の次でいいからせめて安い店はないものかと辺りを散策してみたものの、通りが違うのか思っている以上に高い店しか見当たらない。
もしかしたら高級街にでも迷い混んでしまったのかも……それすらも分からない。所持金で払えなくもないが、食事ですっからかんになってしまっては宿代がない。
広い街だ。ついには通りの端に座り込んでしまって、膝を抱えた。そうして座り込んでいても街行く人々は声をかけては来ない。街の住民のようなので、きっと冒険者にはあまり関わりたくないのだろう。
腹が減った。
「……君、どうした?」
━━どれくらい座り込んでいたのか、低く落ち着いた声と共にゆさりと肩を揺らされてはっとする。
顔を上げるとそこには冒険者であろう体格のいい男が立っていた。冒険者なのだろう、とすぐに分かったのは、腰に一本の剣を携えていたからだ。
片側の前髪だけが長いアシンメトリーの金髪ショートヘアーで、鍛え上げられた肉体は白と黒でまとめられた服と黒いマントに覆われている。そして何より特徴的なのが、黄色い瞳の回りにある白目が黒く、両の腕も不自然に黒く染まっていたことだった。
呆然として男を見上げる。
両腕にある金色の枷は自分が付けている鬼手の制御装置と良く似ているし、自分と同じ鬼剣士なのだろうか?それにしては様子が随分と違う。鍛え上げた鬼剣士は鬼手が色を変えることもあると聞いたが、それだろうか?
「こんなところに座り込んでどうしたんだ?具合でも悪いのか?」
「え、あ……」
男はいかつい見た目に反して親切なのか、どうやら純粋に自分を心配して声をかけてくれたようだった。そうやって親切にされたのはこの街に来て初めてだったので、少し戸惑ってしまう。
「……声を掛けないほうがよかったか?」
「あ、や!悪い。……何でもないけどよ……」
見るからに自分よりずっと強そうな男を前に少し緊張をしていただけだ。
「……腹が減って。持ち合わせも少なくて……」
「ほう」
男が片眉を上げて、なるほど、と頷く。はじめて会う人物にこんな情けないことを打ち明けるのがあまりにも気まずくて目をそらした。
きっとものすごく歴戦の冒険者だ。筋肉量は自分と比べ物にならないし、目付きからして違う。それに親切で余裕を感じる。俺なんか金がなくて腹を減らして、なにをやってるんだか……。
「ここらの店は街の住民向けで少し値が張る。ヘンドンマイアは初めてか?」
「あ、あぁ」
「なら、冒険者向けの所に案内してやろう。私もこれから行こうとしていたところだ」
「え!……いいのか?」
驚いてぱっと男の顔を見上げると、男はゆるりと微笑んでこちらに手を差し出した。
「立てるか?」
後光が差して見えた。いや、いつの間にか付き始めていた街灯で逆光になっていたので、後光は確かに差していた。恐る恐る黒い手を握ると、強い力で手を引かれグンと立ち上がることができた。
すごい。腕の太さもパワーも全然違う。その割に、立ってみれば背丈はほとんど自分と同じだった。筋肉量が多くて厚みがすごいので、自分よりデカいのは確かだが。
「行こう、少し歩くぞ。……冒険者にはなりたてか?」
「あ、今日この街に来たところで」
「なるほどな。ヘンドンマイアは広い。1つ通りを違えただけで迷ってしまうし、行き倒れても仕方ない」
「い、行き倒れてない!ただちょっと……腹が減って休んでただけ、っす」
「ふ、そうだな。からかって悪かった」
他愛もない雑談をしつつ、迷いなく歩いていく男に付いていく。話のうちに名を名乗り、男はダークナイトというのだと教えてもらうことも出来た。
ダークナイトは予想の通り歴戦の冒険者のようだったが、本人は「大したことはない」と謙遜していた。そんなところも格好いい。
歩いているうちに、どうやら過去の自分は無駄に変な方向に歩いて冒険者向けのエリアからどんどん遠ざかっていたらしいと知った。
先ほどの通りは住民らしき人々しか見当たらなかったが、向かう先はいかにも冒険者という風な武器を持ち歩く人々がごった返している。自分と同じような鬼手の剣士も見かけた。
すれ違う冒険者は自分から見れば随分と強そうに見えたが、皆が隣に立つダークナイトを尊敬したような畏怖するような目で見ていたのが気になった。もしかしたら彼は自分が思っている以上にすごい人なのかもしれない。
やがて辿り着いたのは、街に来てすぐ見ていた掲示板からそう遠くない路地裏の酒場だった。店先にも強そうな冒険者が立っており、ダークナイトを驚いたような目で見てさっと道を開ける。
「月光酒場だ。店主は冒険者に偏見がないし、安いしうまい。冒険者ギルドの者が居ることも多いから、駆け出しならここが一番いい」
「へえ……」
店内は随分と賑わっていた。見るからに冒険者が多く、ほとんどの席が埋まっている。夕飯時なのもあるだろうが、ウェイトレスらしい女の子が忙しそうに四方八方駆け回っていた。
ダークナイトに導かれるまま開いていたカウンター席に座ると、赤いドレスの金髪の女性がカウンターの向こうに立っていることに気付いた。あまりにも綺麗な人だったので、思わず見とれてしまった。
「いらっしゃい。貴方が来るのは久しぶりね。いつもの子は一緒じゃないの?」
「今日は別行動だ。迷子のルーキーを紹介しに来たんだ、目をかけてやってくれ」
「あら」
ダークナイトと話していたドレスの女性がちらりとこちらを見たために目があってしまい、びくりと背筋を伸ばした。顔が熱い。俺が緊張しているのが目に見えて分かったのか、くすくす笑ってワイングラスを一度傾ける。
「店主のシュシアよ、ひよっこさん。親切に助けてもらってよかったわね」
「は、はい!」
「この人、見た目の割に優しいでしょう?意外よね」
「酷いことを言う」
ダークナイトはシュシアと親しい様子で軽口を叩き、合間に硬貨を置いて注文をしていた。シュシアが流れるようにそれを受け取って、他の店員に指示を出す。
手慣れない様子で自分も財布を取り出すが、ダークナイトの手がそれを止める。何故?と顔を見ると、またあの優しい笑みを浮かべていた。
「奢る」
「え、でも」
「たいした値段じゃないが、ベテランに格好付けさせてくれ」
か……かっこいい~!!?
ぽかんと口を開けてしまって、シュシアを目にしたときなんか目じゃないくらいじわじわと顔が熱くなっていくのを感じた。無愛想でぶっきらぼうに見える表情が緩むのがこんなにもインパクトがあるなんて初めて知った。
感動しているうちに料理がやって来る。
うまそうに湯気を揺らす料理の数々を目の前にまた腹がなり、それを聞いたらしいダークナイトはふふんと鼻をならして料理を勧めてくれた。
腹が減っているのがスパイスになるにしても、どの料理もうまかった。がっつく俺の隣でダークナイトは気まぐれに料理をつつき、合間合間に酒らしい飲み物を飲んでいる。
「最近はどうなの?」
「最近?」
「あの子の話。しばらく前から一緒に住んでるんでしょう?」
「……ああ、そうだが。別に変わりないぞ。あいつは気まぐれだから」
「ふぅん、ずいぶん迫られたって聞いたけど」
「ふ……まあ、そうだな。すっかり絆されてしまったよ」
「あらあらあら」
飯を詰め込みながら、ダークナイトとシュシアの雑談を聞く。あの子とは誰のことだろうか?
きょとりとして手を止めると、そんな自分の様子に気付いたらしい二人がこちらを向いた。
「私の相方の話だ」
「……女?」
「男だ。槍を使う」
「その子も強い冒険者なのよ。今日は何を教えてくれるのかしら」
「教えるもなにも新しい話はなにもないぞ。そうだな、ただ、昨日……」
随分柔らかい表情になったダークナイトは、シャランへ"相方"という人の話をしていた。恋人ののろけを話しているみたいだな、と思った。
自分はといえば、興味もないし知らない人の話を聞いてもなと思ったので、へえ、なんて言って流してしまった。今は腹を満たしたかったし。
そうして腹がくちくなって満足した頃。
シュシアは別の冒険者の所に行ってしまっていたし、ダークナイトも食事を終えて時計を見ていた。
やばい、帰ってしまうかもしれない。恩人にこれ以上迷惑をかけるのは、とも思うが、折角の強い冒険者と話せる機会だ。もう少し色々聞いてみたい。
「な、聞きたいことがあるんだよ」
「なんだ?」
ぐい、と水を流し込んでから声をかけると、ダークナイトは普通に返事を返してくれる。
「えっと……あんたも鬼剣士だよな?」
そうやって質問をしてみると、ダークナイトは困ったように視線をさ迷わせた。
明るいところで良く見ればなにやら紋様のようになっている黒い右腕の手枷を緩く撫で、うーん、と首をかしげている。首筋には月のような紋様も見える。鬼手による侵食というより、なんというか、タトゥーのようにも見えた。
「……少し違うが、そうだな。鬼剣士かもな」
「おぉ……武器はその……光剣?」
「ん、まあ。お前は……ウェポンマスター?でもないか。大剣のようだが」
なんだかはっきりしない答えの中、あまり聞かれたくない質問が帰ってきた。ウェポンマスターというのは、鬼手を押さえつけ剣の道を極めると決めた鬼剣士のことだ。
そしてご存じの通り、自分はなにも選択をしていない。
「実はまだなんにも」
「ほう?決まらなかったのか?」
「決めなくてもいいかと思って……今は後悔してんだよ」
「なるほどな」
「よければアドバイスをもらえないか?あんた、相当強いんだろ」
「アドバイス」
言われた言葉が飲み込めなかったのか、目を見開いておうむ返しをしてくる。図々しかっただろうか。でも、強い剣士にアドバイスを貰える機会なんか早々ないだろう。
「私は普通の鬼剣士とは戦い方が全然違うからな……」
「でも、剣は使ってるだろ」
「そう言われても」
「頼むよ!」
ついつい前のめりになって、カウンターを叩いてしまった。音をたてて食器同士がぶつかり、そのうちの皿が1つ、ひゅっとカウンターから床へと落ちていく。
あ、割れる。
やばい、と思った次の一瞬、床へ真っ逆さまに落ちていった筈の皿はダークナイトの手にあった。
「分かった分かった。意に沿えなくても文句は言わないでくれるなら、助言しよう」
「え、あ、ああ!」
ダークナイトは皿のことをなにも言わず、なんともなかったかのようにカウンターにある食器の上に積み上げた。気のせいだったのだろうか?
そんなことよりもアドバイスが貰えることが嬉しくて、思わず大きな声を上げてしまう。別の冒険者と話していたシュシアがこちらをちらりと見てくすくすと笑っていた。
鬼手の質問、武器に関する質問、剣技の質問、それからこれまでの冒険の質問もした。
ダークナイトはあまり自分の力をひけらかしたくないのか随分とぼやかした答えをくれたが、なにも分からない自分からするとそれくらいでも為になった。
黒い鬼手は、通常の鬼手からは変異して闇を操る鬼手になっている、ということも教えてもらえた。闇を操るといえば鬼手を制御して鬼神を操るソウルブリンガーだろうかと思ったが、どうもそれとも違うらしい。ミステリアスだ。
話の合間合間に時計を見ているのが気になった。
確かに、随分と引き留めてしまっている。でも聞きたいことはまだまだあるし、時計を見るだけで慌てる様子がないため、早急の用事があるわけではないのだろうと勝手に判断している。
ダークナイトは親切だったし、真摯だったし、どことなくお人好しのようだった。基本的に無愛想で怖そうな顔をしているが、案外表情は緩む。
聞けた冒険の話も思っていた以上のスケールで、やっぱり物凄く強い冒険者だというのが伺えた。なんと、使途とも対峙したことがあるのだという。
「かっこいいな、俺もあんたみたいになりたい」
「私みたいに?……いや、止めたほうがいい。良いものではないからな」
「……よくわかんねえけど。あんたみたいに強くなりたい」
「なら、きっちり方向性を決めて経験を積むことだ」
ふ、と笑った顔はやっぱりかっこよくて、尊敬の念が次々と沸いてくる。戦ってるところも見てみたいが、流石にそこまでは見せてもらえそうにない。
それに、日が変わりそうになる頃になると話を切り上げて立ち上がってしまった。
「すまないが、ここまでだ。私はそろそろ宿に帰る」
「う……そっか……や、宿。付いてってもいいか?俺まだ決まってなくて」
「……紹介は出来るが」
「やった!」
困惑したような、困ったような顔には気づかないふりをした。宿までの道でも、もうちょっとだけ話をしてもらおう。そう決めて自分も慌てて荷物を持って立ち上がる。
シュシアがひらひらと手を振っていた。
すっかり真っ暗になった街中を歩いていくダークナイトは、ちょっと目を離すと闇に溶けていきそうだった。
すぐそこにいるはずなのに、見失わないようにするので精いっぱいだった。
◇
月光酒場からそれほど遠くない宿の立ち並ぶ通りに来ると、ぽつぽつと宿のことも教えてもらえた。
女性冒険者向けの宿もあって、そこは男性冒険者立ち入り禁止なので気を付けないといけない、とか。複数人が同じ部屋を取ることも出来て、ルームシェアみたいに出来る、とか。
ダークナイトはどうやらそのルームシェアをしているらしく、件の相方と同じ部屋で過ごしているらしい。よほど気の合う相手じゃないと出来ないなと言うと、ダークナイトはそうだな、と苦笑していた。
しばらくして辿り着いたのは随分と大きな宿だった。安宿、というふうな雰囲気ではない。財布の中身を思い出しながらそれを見上げつつ、慣れたように宿へ入っていくダークナイトを慌てて追った。
中は綺麗で広い。日が変わったくらいの時間だというのに、何人かの冒険者がエントランスのソファで寛ぎながらだべっている。
「お?よー、遅かったな。あいつもう帰って来てんで」
「そうだろうな。怒ってないといいが」
「ハハ!どうせ怒っとるやろ」
知り合いらしい男性冒険者がダークナイトに軽く声をかけてくる。
眼帯をしている顔には傷があり、ダークナイトと同じくいかにも歴戦の雰囲気を感じる男だ。その他に彼と話していたらしい冒険者たちも皆強そうで、自分が浮いているなと思ってしまった。
「で、そいつは?」
「ああ……たまたま出会ったルーキーでな。部屋、開いてるか?」
「開いとるけど。なんや、また親切で人たらしこんだんか?」
「人聞きの悪いことを言うな」
付き合いが長いのか、随分と仲が良さそうだ。数人の冒険者はダークナイトの方へ行き、残りはこちらを興味深そうに伺ってくる。
「ふーん。ルーキーにここはちょっと高いんじゃねえか」
「お、俺!ここに泊まりたい!」
背が高く銀髪を1つに縛った冒険者に覗き込まれ、ビクビクしながらも大きな声で主張すると、ダークナイトと話していた眼帯の冒険者がけらけらと笑った。
「イキがええな!よっぽどなつかれたんやなあ」
「道案内して飯を奢っただけだが」
「そこまでしてやる冒険者は少ないんだよ。なあルーキー?」
「お、おう。声をかけてくれたのはあんただけだったぞ」
「そうか……?」
すこぶる理解できない、という風に首をかしげるダークナイトを見て、冒険者達がひときわ大きな声を出して笑った。
「あいつも苦労するよな、ようやく手にいれた男がこんな人たらしなんだからよ」
あいつというのは、ダークナイトの相方のことだろう。そちらも彼らとは仲がいいようだが……手にいれたってなんだ?
話についていけなくてキョロキョロするが、誰も補足はしてくれない。する必要もないと思っているのだろう。彼らからすれば、急に飛び込んできた物知らずのルーキーに過ぎない。
「早く行ってやんな」
「そうする。じゃあな」
おろおろしているうちにダークナイトはひらりと黒い手を振って階段を上っていってしまった。追いかけようとするが、別の冒険者に肩を掴まれて引き留められてしまう。
「あいつが優しいからってあんまり付け込んでやるなよ、ルーキー」
「付け込んでるつもりは」
言いかけて口を閉じる。目の前の冒険者は口元は笑っていたが、目がヒヤリと冷たく落ち着いていることに気が付いたからだ。
周りの他の冒険者もそうだ。ひよっこにすぎない自分とは圧倒的に違う、強者の風格。威圧されてしまい、黙り込む他なかった。
……まあ、確かにしつこくしてしまったかもしれない。こんな遅い時間になってしまったのも、自分が質問漬けにして引き留めてしまったからだし。
余談としてルーキーは知らないことだったが、彼らベテラン冒険者はずいぶん前から圧倒的な格下でも油断しない、甘やかさないことに決めていた。
事実、うっかり親切を振り撒いたダークナイトが質の悪い新人冒険者に寄生され苦労していたことがあった過去がある。それを友人であり仲間である彼らは忘れないようにしているのだ。
何度も何度も、友人が寄生され疲れはてていくのを見たくはないのだ。ただでさえろくでもない相棒がいるというのに。
「で、安い部屋がいいなら小さい部屋になるけど、いいか?」
「ど、どこでも……」
「じゃあこれ、鍵。防音だけどあんまり騒ぐなよ」
銀髪の冒険者がカウンターから鍵を出し、ぽんと放ってくる。一階の部屋らしく、場所も教えてもらえた。
値段を聞くと、言われていた通り一番安いらしい部屋でも結構な値段がした。装備のための貯蓄を使えば何とか、というくらいギリギリ財布の中身が足りたのは幸いだったが、とてもじゃないが連日は泊まれない。明日からはもっと安い別の宿を探すことになるだろう。
ベテラン冒険者たちの探るような警戒するような視線から逃げるように借りた部屋に入ると、思っていた以上にきれいで広い部屋だった。一番安い部屋でこれなのだから、値段が高くても仕方がないと思うくらい。
湯もあるし、タオルなどもきっちり充実している。贅沢だなと恐る恐る使い、身体を清めてからベッドに入る。ふかふかだ。
寝心地のいいベッドだったが、目が冴えていた。ダークナイトの話を反芻して興奮してしまい、なかなか寝付けない。
「……また明日、話が出来るといいな」
そうして、今度こそ進む先を決めて、ダークナイトのように強くて格好いい冒険者を目指すのだ。
はやる気持ちを制御できないまま、きっとそのうち眠れるだろうと目を瞑った。
◇
階段を上がり話し声から離れていきながら、ダークナイトはひとつため息を吐いた。
下手な事を言ってしまわないか気を使って疲れてしまった。親切にするのは別に大したことではないが、戦いのアドバイスとなるとことさら気を使う。まだまだ発展途上の剣士に間違えたことを教えてしまっては大変だ。
剣士ではあるもののダークナイトの戦い方はひときわ特殊だ、と何度も補足したが、知りたがりで前のめりのあのルーキーがきちんと聞いてくれていたかは定かではない。
まあ、なんにせよ次に会うほどの縁があるかは分からない。冒険者は数が多いし街も広い。同じ宿を取っていても、全く会わないことなんてザラにある。
いつまでも考えていたって仕方がないので、部屋へ入ることにした。
それにしても、遅くなってしまった。本当はもう少し早く戻る予定だったのだが。
二階の角部屋。ダークナイトと、相方であるもう一人がずいぶん前から取り続けている部屋である。
自らの部屋ではあるものの同居している相方への確認のために一応ノックをする。マントを外しながら待つが返事はない。
もう寝ているのだろうか?人避けのための札もドアノブにかかっていないし、ドアノブを捻ってみると鍵もかかっていない。
ドアを開けてみれば、部屋には明かりがついていなかった。それどころか、黒いインクをぶちまけたかのように、ドアを境目に不自然なほど真っ暗になっている。
……ああ、やっぱり、帰りが遅れすぎた。
「遅い」
分かりやすいくらいに不機嫌な声が聞こえた。明かりの付いていないにしたって暗すぎる部屋の中が夜の空よりも暗いのは、まあいつものように彼の仕業なのだろう、と直感した。
黒よりもなお黒い闇のたゆたう部屋に、ぽつん、とふたつの黄色い太陽が浮かんでいる。静電気が弾けたようなぱちぱちとした音とともに、闇はぎしりと足音を立ててこちらへと歩んできた。
「すまん。ずいぶんと引き留められてしまって」
慣れたようすで言い訳を述べると、黄色い太陽が苛立った様にすうと細まる。
「俺以外の、誰に?」
「たまたま会ったルーキーに。……妬いてるのか?」
「妬いてるよ」
爪先が鮮やかに黒く彩られた腕が、ぬう、と闇の中から伸びてくる。からかうつもりだった言葉があっさりと肯定されてしまって、思わず驚いて目を見開いた。
伸びてきた手はそのままダークナイトの頬を撫で、顎を伝い、太い首に染みた月のような闇をなぞる。執着と情の滲んだ、優しすぎるほど優しい手つき。
「お前が誰かに取られないか、俺はいつだって心配してる」
細まったままの太陽はずいと近付いて、瞬きのまに鼻が触れそうなほど側に寄ってきた。
闇の侵食で黒く染まった結膜の中の、太陽と呼んでしまうほど明るく輝く黄色い瞳。それが酷く不安定にぐらぐらと揺れていた。
自分と似た色合いの瞳と瞳がじっと見つめあって、やがて手も太陽も諦めたように離れていく。
「お前が誰にでも優しいのは知ってる。だから、どうせ今日もそのルーキーとやらに優しくしていたんだろうって分かってる。……だから嫌なんだ」
ざざざ、と波が引いていくように部屋じゅうの黒が一点に吸い込まれていく。それが人の形に纏まって、ずるずると収束して、やがてそこには一人の男が立っていた。
ダークナイトの相方であるダークランサーだ。
背中を向けて立っている彼は風呂上がりなのか上半身が裸で、室内にしても随分ラフな格好をしていた。彼へと吸い込まれていった闇が、彼の肌の上でタトゥーのようなふりをして這いずっているのが良く見える。
「……俺はこんなに好きなのに」
「お前……」
その背中は酷くさみしそうに見えた。
ダークナイトはそこでようやく部屋に入り、外套と装備を性急にソファへと放り投げ、ダークランサーの背中にそっと手を伸ばした。
ドアが背後でパタンと閉まり、触れるか触れないかの最中、ダークランサーが振り返る。
笑っていた。
「馬鹿だなあ」
「ッ━━!」
伸ばしていた右腕が人外じみた握力で引かれ、手首に巻かれた手枷の鎖が音をたてて揺れる。
たたらを踏むのも構われず瞬く間にダークナイトは引き摺られ、引き倒され、いつの間にやらベッドに組み敷かれていた。
ずしり。腹の上にはダークランサーが跨がった。
頬にまで侵食する闇の黒雷をぱちぱちと迸らせながら、歯を見せてにんまりと意地悪く笑っている。
「俺が嫉妬のあまり自己嫌悪してると思ったか?アンタ本当に甘ちゃんだな、ハニー」
「……変な呼び方はやめろ」
「ダーリンがよかったのか?かはは」
よくもまあ、あんなにしおらしい表情が出来ていたものだ、と今となっては思うほど、ダークランサーは酷く歪んだ嘲りの笑みを浮かべていた。
また騙されたなとダークランサーは笑う。事実何度もダークナイトは騙されてしまっていた。今回もそういうことだったわけだ。
「情緒不安定なのかと」
「そういう時もあるけど。嫉妬はキレるタイプだって知ってんだろ」
「そうだった……」
他の冒険者と少し話しただけのことにやかましく言ってきていた過去の彼を思い出して、深いため息を吐きながら目元を手で覆う。
その手の甲にぷちゅ、となにかが触れて、そのまま濡れた柔らかいものがぬらりと指の股を這った。
目元を覆っていた手をずらして見れば、咥内粘膜にまで闇が染み付いた黒い舌がダークナイトの黒い手を舐めていた。手が添えられ、奉仕するように濡れた舌が這う。
「俺をこんなに待たせて焦らすなんて、酷いやつだよお前は」
武骨な手への愛撫を見せつけるようにしながら、ちろり、と太陽の瞳が細められる。
……色々言いながらも、それほど嫉妬に怒ったりはしていないのかもしれない。結局、帰りが遅かったことに憤っているような雰囲気を感じる。
闇が染み付いたダークナイトの手を取り舐め上げていたダークランサーだったが、焦れったくなって我慢できなくなったとばかりに口づけをしてきた。舌を吸われる合間に困ったように口を開く。
「んむ……ドアの鍵を、閉めてない」
「いいって……どうせ誰も来ない、な?」
「だが、ッ……ふ」
「ん……舌、あっつぅ……んははっ……お前、酒飲んできたろ……」
なんなら人避けの札も下げていない。が、まあ、ダークナイトとダークランサーの仲は大なり小なり冒険者たちに気付かれており、暗黙の了解があるのは分かっている。
━━まあ、いいか。
深く舌を絡め唾液をすすられるのが気持ちよかったので、だんだんどうでも良くなってきた。
どうせ誰も来ない。余程の馬鹿じゃない限り。
「んふ……俺を待たせておいて、酒なんか飲んできてんだもんな。浮気かぁ……?」
「違う。そういうのじゃ、な……んぐ」
「はは、ジョーダンだよ」
ちゅる、とダークランサーの薄い舌が咥内から出ていき、ぺろりと上唇を舐めていく。口付けを続けようとそれを追うが、焦らすように逃げていった。
触れそうで触れない、でも戯れるようにちろりと触れる。む、と不機嫌に唇を尖らせると、ダークランサーはくふくふ笑って同じように唇を尖らせて押し付けるだけのキスをした。
されるがままだったダークナイトがそこでようやくダークランサーの肌に触れた。腰に手を回して互いの身体を密着させ、触れあう唇に食らいつく。
「ふ、ん……待ってたんだよ、俺……お前が帰ってくるの。お前がルーキーに構ってる間も、ずっと」
「ん……悪かった」
「ばか……っ、……はぷ」
手を絡め、舌を絡め、迸る闇も絡む。
すがるように身を寄せるダークランサーはなんだか寄る辺ないようで、色々と文句を言いながら本当にさみしく思っていたのかもしれない。都合良くそんな風に考えて相方を美化してしまうのは私の悪い癖なのかもな、なんて全然関係のない事を思った。
口付けの合間に言葉を交わし、互いの吐息を飲み込み、身体をすり寄せる。
頬を撫で耳を覆うように頭を支えてやると、ダークランサーはひくりと震えて頬を染めた。
「は、んぅ……な、準備はとっくのとうに終わってるから……さ。分かるだろ?」
「……そう誘うな、がっつきたくなる」
「がっつかれたいんだよ、俺……」
分かんないかなあ、なんて笑う唇をこちらから塞いだ。勢いのままその体を転がして、体勢を交代とばかりに上をとる。
シーツに沈められてしまったダークランサーは、怪しくきらめく目をぱちくりと丸くしてダークナイトを見上げてきた。
「じゃあ、がっつく事にする」
見下ろしながらそう言って服を脱ぎ捨てると、ダークランサーは酷く嬉しそうに嗤った。
「俺、お前のそういうところ大好き」
「そうか?お前の琴線は分からん」
「分かんなくていいよ」
すり、とダークランサーの黒い爪先がダークナイトの硬い腹を撫で、嬉しそうな太陽が窺うように上目使いをする。それを見て平静を保とうと細く息を吐き、……無理だな、と判断した。
牙のように尖った歯の覗く唇を食むと、腹を撫でていた手は迎え入れるように背中へと回っていった。
「……好き」
「ン……私もだ」
「へはは」
好意を示せば平時の馬鹿にするような笑みではなく溢れるような困った笑みを漏らすものだから、「そういうところが好きだ」と思った。
「なに?……どこ?」
彼が首をかしげるので、思っていたことは口から出ていたらしい。
「……なんでもいいだろ」
恥ずかしいのでこれ以上は黙っておいた。まだ何か言いたげだったが、唇を塞いでやれば話は続かなかった。
なにせ、混じり合うことのない闇同士を絡ませて、互いを求めることに忙しくなったので。
続く
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