フレイ様が姿を消してから幾日も経ち、美しいテイベルスは怪しく昏い気運に覆われるようになった。
ケフロスはずっと不安に耳を垂らすハルバートに寄り添い、彼女と悲しみを共有しようとしていた。
「ケフロス……」
愛らしく美しいハルバートの甘いささやきと共に、そっと鼻が擦り付けられる。それは何度も繰り返してきた愛の戯れ。
きっとまた不安になって、恋しくなっているのだろう。
しかし、その後の唐突な痛みは初めて味わうものだった。
ハルバートの美しく鋭い牙がケフロスのマズルに食いつき、皮を剥ぐように噛み砕き、勢いよく引き裂いた。びしゃ、と草花に赤い血が飛沫く。
ケフロスの喉が今までに出したこともなかった醜い呻きを漏らす。
「ケフロス、愛してるわ」
そうやって甘く愛を告げるハルバートの口元は血で真っ赤に染まり、ひどく醜く、ひどく残酷に歪んでいた。
「ハル、バート?」
「愛してる、大好きよ、貴女だけ……」
痛みに震え、困惑するケフロスにハルバートはまるで口付けをする気軽さで全身に何度も噛み付き、噛み砕き、噛み千切り、何度も何度も愛をささやいた。
「ケフロス」
ハルバートの目はすっかり変わってしまっていた。何かに取り憑かれたように爛々と輝き、美しい光を失っていた。
声色だけは以前のままに思えたが、どこか驕ったような響きも混じり始める。
「貴女も、早く、堕落しなさい」
ぽた、と透き通った雫が薄汚れた地に落ちる。きっとそれが、彼女の最後の正気だった。
「ああ、ハルバート」
ケフロスは引き裂かれた目を閉じて——それでもなお彼女の傍にいることを選んだ。
愛しているから。
愛していたから。
愛していたのに。
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