「研究、研究、研究。こんなのばっかり!」
私は使えない木の杖を放り投げてソファに座りこんだ。
その傍にある金具に触れると、帯電していた電気が放電され、パリ、と音を立てた。
ソファの隣にあるマンドラゴラの植木鉢を見て、大きなため息を吐く。
魔法の蔓延るこの世界で、私はずっと研究を続けている。
そう、それはまるでそれは奴隷の様に延々と。
その研究には貴重な電気が必要で、私はその電気を体の中に溜め込むという珍しい体質だったのだ。
それ故に、私はここにずっと監禁されている。
この部屋にあるのは私と多数の研究材料と研究結果と、それから蝙蝠だけ。
「もう沢山。こんな世界大ッ嫌いだわ」
私は自分の箒を掴み、荷物の入った鞄も掴む。
小鳥のように鳥篭に入っていた蝙蝠が私をじっと見つめた。
……なによ、アンタは監視役のクセに!
悪態を吐きながらも私は鳥篭を開けた。
ああ、なんて私はお人よしなんだろうか。
蝙蝠は静かに私に飛び寄ると、肩に乗って私に頬ずりをした。
……なんだ、いい子じゃない。
「一緒に逃げましょうか」
蝙蝠は何も言わないが、どこかに報告することも、飛び去ることもなかった。
私は鞄を担ぐと、ドアへと走った。
鞄が、薬品にぶつかる。
ナンバー1598、「次元歪曲装置の液体化」
「ッ!?これは次元の、ック―――」
意識が遠のく。いけない、このままでは異空間へと飛ばされてしまう!
――いや、これでいいのか。
このまま行けば私はこの世界から逃げ出せるんだ。
「どうしていままで気付かなかったのかしらね」
この世界で最後に浮かべたのは、自嘲の笑みだった。
視界が、白に染まる。
――ガンッ!
「きゃう!」
「うぉっ……何だ、何事だ!?」
頭が、痛い。どうやら硬いものにぶつけたらしい。
私は硬いものの上に倒れていた。鞄や箒はまだこの手にある。
……どうやら、次元移動は無事成功したらしい。
よかった、妙なところに放り出されなくて。
私はほっとして体を起こした。
蝙蝠が心配そうに私の周りを飛んでいる。
「私は大丈夫よ。……ここ、どこかしらね」
きょろ、と周りを見渡す。私のいた世界ではないのは間違いない。
私の下の硬いものはどうやら金属である、というのも分かる。
その時、ぐらりと金属の地面が揺れた。
私はずるりと地面の上から滑り落ちた。どうやら浮島だったらしい。
それにしても金属の浮島なんて、どういうことだ?
「ひゃっ!」
「何だ。人間か?何故こんなところに人間が?」
べしゃ、とまた硬いものの上に落ち、その上聞きなれないノイズ交じりの声が聞こえた。
顔を上げると、そこには銀色の金属でできた顔があった。
な、なにこれ?機械人間?それにしても大きすぎる!
混乱。ずっと研究していた私には分からない物体だ。
「あ、アナタは……?」
「なんじゃ、貴様ワシを知らんのか!」
銀色の巨大な機械人間は怒ったように声を張り上げた。
彼はどうやらこの世界では有名な人物らしい。人物……なのかは定かではないが。
私は慌てて座りなおし、挨拶をした。
「失礼しました。私の名はライトニング・レイ。魔法の蔓延る世界より参りました。
なにぶんこの世界に来て間もないもので……」
「なにい?魔法?ふん、馬鹿馬鹿しい。それで、貴様どこから入ってきた?」
「それは私にも……次元歪曲装置という物を誤って起動させてしまって……」
ふぅむ、と彼は大きな顔を大きな手で撫で、考え込むように上を向いた。
どうやら危害を与えてくる様子は今のところなさそうだ。
よかった、と少々安心しながら、彼の様子を探る。
途端、ガシャガシャと金属音を響かせ、これまた大きい機械人間が走ってきた。
走ってきた人物(?)は銀色の機械人形さん(有名な人らしいのでさんを付けてみる)をじろじろと見回し、不思議そうに首をかしげた。
それから厭味ったらしく笑う。
「メガトロン様、何事です?また何か……」
「ワシは今忙しい。下がっておれスタースクリーム」
銀色の機械人形さんはメガトロンという名前らしい。
それから、あの厭味ったらしいのはスタースクリーム。
うーん、私の世界ではありえないような名前だ。
それと今気付いたが、私はメガトロンさんの手の上にいるらしい。
それでもって、さっきの金属の浮き島はメガトロンさんの頭の上だったようだ。
スタースクリーム(なんかムカつくのでさんは付けない事にする)は私に気付いていない。
「何もなさっていないじゃありませんか?」
「うるさいわい。邪魔をするでない」
本当にうっとおしそうにメガトロンさんはシッシ、と手を振った。
スタースクリームは眉をしかめ、それから舌打ちをして歩み去って行った。
メガトロンさんはスタースクリームが去ったのをみてから、私に視線を落とした。
「それで貴様、何が目的だ?目的によっては消すぞ」
「え、ええと、私は普通に過ごせればそれで……」
「メガトロン様」
わあ、またなんか誰か来た。今度は青いボディの、赤いサングラスをした機械人形だ。
ここは機械人形の世界なんだろうか?
「なんだ、サウンドウェーブ」
「……メガトロン様付近からエネルギー反応あり」
青いのはサウンドウェーブというらしい。
さっきのスタースクリームと違って、なんだか大人しそうだしちょっと優しそうだ。(なのでさんをつけることにする。)
――え、っていうかメガトロンさん付近から、って。
まさか、わ、私……?
「おお、こいつか?こいつがエネルギーを?」
メガトロンさんはポイッと私をサウンドウェーブさんに渡した。
結構非情な人だ。いや、人じゃないか。ああもうどうでもいいや。
私はどうにでもなれ、とため息をついた。
サウンドウェーブさんは私を覗き込む。うーん、やっぱり金属だ。
なんで金属で出来ている彼らがしゃべったり動いたりしているんだろうか。
「おい、人間。エネルギー放出をしてみろ」
メガトロンさんが少し楽しそうにそう言った。
エネルギー放出?……私のこの帯電体質のことを言っているのか?
でも、私は金属に触れたら放電するから……彼らは金属で出来ているし……。
「た、多分ずっと少しずつ放出してると思います……あと私人間じゃ、」
「なにい?ふーむ、だからか。さっきから少々調子がいいのは」
話を聞いてー。そんなことを思うが、通じるはずも無く。
私はサウンドウェーブさんに金属の壁の部屋に連れて行かれた。
「ここに居ろ」
ポイ、と荷物共々投げるように入れられる。
蝙蝠が慌てて着いてきて、そのまま扉は閉まってしまった。
「……これじゃああの世界と変わらないわ」
イライラと座り込むと、私は深いため息をついた。
蝙蝠は悲しそうに私の隣にとまる。
羽を優しく撫でてやると、蝙蝠は少しだけ羽を広げた。
でも、このまま監禁されるのも癪に触る。
私は箒を掴むと、巨大な鉄の扉に向けた。
だが、どんな魔法を使うかで少しだけ悩む。
「雷だとショートしちゃうか、さっきみたいに力を与えちゃうか……」
うーん、と考え込み、私はふわりと宙に浮かぶ。
一定の高さまで上ると、窓があった。
ここからあの機械人形たちの姿が見えるな、と私は少しだけほっとする。
「それにしても、妙な世界に来てしまったわね」
蝙蝠が飛んできて箒に横乗りで飛ぶ私の肩にとまる。
この蝙蝠、あの世界にいたときより随分大人しくなった。
窓から見えるのは巨大なコンピューター(私の世界のものより随分機能も多いみたいだ)や、これまた巨大なモニター。
そしてそれを操る巨大な機械人形たち。うーん、不思議だわ。
メガトロンさんはモニターを見つめ、サウンドウェーブさんと何か話している。
残念ながらなにを話しているのかは分からないが……。
見ていてもなにも分からないので、私は大人しく床に降りた。
「呼んだらくるかなあ」
ポツリ、呟く。
とりあえずどんどんと扉を叩いてみるが、特に反応がない。
……そりゃあ、あの人たちからしてみれば私はネズミみたいなものだし、仕方ないとは思うけど。
次に、また箒に乗って窓を叩いてみる。
叩いた音に気がついたのか、サウンドウェーブさんがこちらを向いた。
それからメガトロンさんも気付き、二人そろってこちらに歩いてきた。
鉄の扉が開かれる。
二人は、二人にとっては少々狭いこの部屋に入ると、メガトロンさんが私に手を差し出した。
私はその手の上にで飛んで行き「失礼」と呟き、ふわりと降り立った。
「なんじゃ、貴様人間の癖に空を飛べるのか」
メガトロンさんは少しだけ驚いた様にそう言った。
私は少しだけ苦笑すると、彼に箒を見せた。
「一応……私、人間じゃなくて魔女ですし。これが無いと駄目ですけど……」
「そういえば魔法がどうとか言っていたな」
メガトロンさんは少しだけ悪そうに笑って、サウンドウェーブさんに目配せをした。
それから私を手に乗せたまま、さっき窓から見ていたモニターの前へと歩き出した。
「面白い、その魔法とやらを見せてくれ」
「……と、いわれましても、沢山種類があるんですが」
「なんでもいい。おい、スタースクリーム!」
メガトロンさんは私を何かの台に乗せ、スタースクリームを呼んだ。
スタースクリームはめんどくさそうにこちらに歩いてきて、私を見て鼻で笑った。
「何事です、メガトロン様。この人間がなにか?」
「魔法の実験台になれ。これは命令だ!」
「え、ええっ?魔法?メガトロン様、何を言ってるんです?」
スタースクリームは心底魔法をバカにしている。それと、メガトロンさんのことも。
どうやらアイツはメガトロンさんのことが嫌いなようだ。
私が戸惑っていると、メガトロンさんが「さあ、早く」と急かした。
「し、知りませんよ……?」
「ふん、魔法なんてただのハッタリだろ」
……コイツ、むかつく!
私は眉をしかめ、箒をスタースクリームに向けた。
「スピア!」
「ハハハッ、何だその貧弱なビームは……うおぉっ!?」
細い電流がスタスクリームに向かい、彼の肩に触れた途端炸裂した。
コゲ臭いにおいがあたりに充満する。
「魔法、舐めないでくれる?」
「こ、このやろう……!!」
スタースクリームがムキになって私に武器を向ける。
あ、あんな大きいので攻撃されたら死んでしまう!と、私は次の魔法を発動した。
「うわわ、ジャベリン!」
氷の塊がスタースクリームの武器にあたると、たちまちそこから腕まで凍結し、動かなくなる。
飛んでいく塊が小さいからって油断してると、全身まで凍っちゃうのよ、この魔法。
「なっ……」
「これは素晴らしい!」
スタースクリームを無視して、メガトロンさんは私を大褒めした。
なんだか照れくさい。ずっと魔法より研究を褒められていたせいだろうか。
魔法を使うのも随分久しぶりだし。……上手くいってよかった。
「そ、そんなに褒められても……」
「いや、実に素晴らしいぞ!」
「驚いた、本当に魔法があるとは」
サウンドウェーブさんまでもが私を褒め、覗き込む。
その後でスタースクリームが凍った腕を撫でながら私を睨んでいたが、怖いので無視する事にした。
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