*
「起きろ」
「んむにゃ」
うーんあと30分……。
「起きろ」
「んぶっ」
パーン!と大きな音が響く。
どうやら頬を思い切り叩かれたらしい。ビックリして目が覚めた。
あっ唇にピリピリしてる……唇切れてる……これもなかなか。
「んっ……朝からとってもバイオレンスだねギギ」
ぽっと頬を染める私を、ギギは冷めた目で見下ろしていた。
「置いていくぞ」
「えっ」
置いていかれるのはやだ!
余韻もそこそこに慌てて血を拭い立ち上がる。
ギギはそんな私を一瞥してすたすたと歩きだした。
裸足だから仕方ないんだけど、折れた木の枝とか石ころとかがチクチクしてちょっと歩きにくい。
それに加えてあんまり足が早くないのだけど、急いでいる風でもなかったので余裕でついていけた。
「どこいくの?」
まだ日が昇っていないので辺りは暗い。小さな火の玉を明かりにして、さくさくと森を進んでいく。
こんな早朝も早朝に、何をしようっていうのだろうか。
「夜明けにしか咲かない花がある。それを探しに来た」
「へー」
花を探しに来たって、ギギって案外ロマンチストなのかな?
誰かに送るのかな。それなら誰に送るんだろ。
私とは遊びだったのね、ってやつ?浮気されるどころか私が浮気相手だったのかも。
「レアそう」
「ああ。三日目になる」
三日探して見つからないってことは、とんでもなく珍しくて希少な花なのか。ふうーん。私も興味が湧いてきた。
花束は沢山見てきたけど、そのへんに咲いてる花はあんまり見たことが無いのだ。
「夜のうちには探さなかったの?」
「咲く直前以外は他の草との見分けがつかないようになっている。そろそろ見分けが付くようになっている頃だろう」
わぁなにそれめんどくさい。
そんなに探せる時間が短いなら確かに苦労するだろうな。3日かかってもおかしくない。
むむむ、手伝おうという気になってきたぞ。
さっきの魔物探しレーダーを花探しレーダーにいじってみる。
「どんなお花なの?」
「赤いな。そこそこ群生する」
赤かー。
とりあえずまだ蕾の状態だろうから咲いてる花はなしにして、赤以外の蕾もなし。
1本だけ、とかのもなしね。ぽいぽい。ぽい。
……あっ、もしかしてこれ?
そんなに遠くない場所に、それっぽい開きかけの蕾が物凄い群生してるのを見つけた。
あってるかどうかはわからないけど、私のカンがこれだと言っている。
もしかして私って天才なのでは?
なお魔法の才能は神様(推定)に貰ったもののもよう。
「ねね、こっち」
「……?どうした、そっちは道から外れるぞ」
「こっちなの」
このままだとスルーして離れていっちゃう感じなので、くいくいと腕を引いてギギを誘導する。
ギギは意外にも素直についてきてくれた。私を信用してくれてるんだろうか。
そんなに歩かないうちに、少し開けた蕾だらけの花畑に出た。
ちらりとギギを見ると、驚いたように目を見開いている。どうやらあってたらしい。
やっぱり天才かも。胸を張ってドヤ顔をしていたら、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜられた。
「よく見つけた」
「ワカとよんでください!」
「良いだろう」
やったー名前呼んでもらえる!
ワクワクしたけど今すぐではなく、残念ながら今は花の方が気になるようだった。
うう……花に負けた……。でも名前呼んでくれるって言ったもんね。
またしてもどこからか出したマスクにゴーグル、ごつい手袋も付けて慎重に花の蕾に触れるギギ。
その隣にしゃがみこみ、なにも持ってない私は素手で触ってみる。
繊細なのかな?つんつん。わあ、柔らかい。むにむに。
「もう咲く?」
「そうだな」
なんか触ってる手がしゅわしゅわする。小さいトゲでもあるのかな。
果物のモモとかもそうだもんね。さらさらしてるけど撫でまくってるとチクチクしてくるし。
「咲いたらすぐ採取するからな」
「はぁい」
咲いたらどんなのかなあ。
赤い花かー。カーネーションくらいしかわかんないや。
ちらりと視線を隣に向けると、ギギの深海色の目はまだ咲かない花をじっと見つめていた。
いいなー、花が羨ましい。
もっと私を見てくれれば良いのに。
蔑むように!抉り込むように!
そうやってニヤニヤしながら見つめていたら、ギギが唐突に立ち上がって手を前に突き出した。
何事かと顔を上げると、グロテスクな程に赤い花畑が広がっていた。
あっ、咲いたのか。すごい。今まで見たことのない光景だ。
「"風よ"」
冷たい風が吹き荒ぶ。
赤い花びらが舞い上がる。
ぶちまけた内臓のような花畑は、一瞬にして草むらへと変貌していった。
「……これだけあればしばらくは持つな」
「あー」
一瞬で摘み取った(というか切り取った)赤い花々を無造作に麻袋に詰め込むのを見て、私はちょっぴり残念に思った。
観察する間もなく、鑑賞する間もなく、花たちはぐしゃぐしゃになってしまった。
鮮度が大事なのかもしれないけどさあ。綺麗だったのに。
ギギはそんな私を鼻で笑うと、集めていたなかで比較的綺麗な状態の花を私の目の前に差し出した。
「欲しいか?」
「いいの?」
「一つくらい構わん」
わあ、と思わず感嘆の声が漏れる。
にんまりと笑ったギギからそれを受け取り、なんだか嬉しくって顔を綻ばさせた。
茎はお茶みたいに濃い緑色で、ちょっとだけ桜に似てる気がする形の花びらは怖いくらい真っ赤。
でも、綺麗だ。愛しい色。
「俺はリーズロッテと呼んでいる。本当の名は知らん」
「自分で名前付けちゃったの?んふふ」
名前を知らない花に自分で名前付けるとか可愛いなーギギってば。
鼻を寄せて匂いをくんくんしてみると、なんだか鼻がむずむずした。花粉かな。
「食ってみろ。お前なら食えるだろう、ワカ」
「えっ!うん!」
あっさり名前を呼ばれたので、思わず元気に返事をする。
ワカだって。へへへ。うれしい。
にしてもこれ、食用花なのか。花にも食べられるものがあるのは知ってたけど、実際に食べるのははじめてだなあ。
頭の中でいつかに本で見た耽美とやらを思い出しつつ、花びらを1枚。
もぐもぐ。んむむ?
「おお、これはなかなかスパイシーでンぶっ」
舌や喉に突き刺さる程の辛さ!
胃までの道を荒らし尽くす、胃液を圧倒的に凌駕するこの溶解性!
これこそまさに味覚の暴力!!
えずいた挙句にマーライオンさながらだばだばと血を吐く私を見たギギは肩を揺らして笑っていた。
なるほど。騙したな!
んもー、ギギってひとはー☆
「俺が知るかぎりで最高の毒を持つ花だ。美味かったか?」
「ん、死にゅほろ」
この血の量、明らかに常人だったら死んでると思うよ。
お腹の中もタップタプですよ。かなり吐いたけどまだ吐ける。
いやー、治るの時間かかりそうだなこれ。
ちょっと裂いただけなら3分で治るんだけどなあ。インスタントワカちゃん。
「仕事で使うからそれだけで我慢しろ。大事に食えよ」
「わーいギギすきー!」
「寄るな」
しっし、と手を振ってキッスしようとする私を拒否するギギ。ああん冷たいよう。
けどよく考えなくてもギギは普通に人間なので、毒食ったら死ぬか。
そもそもオエオエ吐いた人とはキッスしたくないね。私もしたくない。
厳重に手袋とかマスクとかしちゃうくらいだから触るのも多分アウトなんだろうな。
そういえば触ったら指しゅわしゅわしたし、くんくんしたら鼻むずむずしてた。
いやー、あれは毒だったからかー。溶けてたんだろうなー。
そんな花を食べるくらいしないと目立った効果が出ないとか、よっぽど私の身体は丈夫になってるらしい。
ありがとう神様。やりすぎです。
だがそれがいい。
もひもひともう1枚。
じゅわっと辛口。
……んぅ……この中を溶かしてく感じ……結構イイかも……。
「気に入ったのか」
「うぶぶ」
直後に喋れないのが難点かな。
そうやって私がリーズロッテを堪能している間に、ギギはどうやら作業を終えたようだった。
リーズロッテでいっぱいの袋をもう何重かにして、どこかへしまう。
そうして私を一瞥するとそのままどこかへ歩きだした。
ああん待って。
内臓がないぞう状態でヨタヨタとふらつきながらついていく。ふええ足遅い。ぱおーん。
まるでお腹を下しているときみたいにお腹が重くて、聞いたことないくらいギョルギョル言ってる。
多分再生途中なんだろーな。
しかしそこに最後のリーズロッテを放り込んで邪魔をする。
んおお……溶けるぅ……しゅごい……。
「遅いと置いていくぞ」
「んびゃっ」
慌てた声を出したつもりで、代わりに出たのは血でした。
ふらふらして歩きにくい身体で必死に付いていくと、延々とあった木々が少なくなってきた。
ゴーグルやマスクなどの防備を外しながら歩くギギの背中を追ってまたしばらく歩くと、やたら広い草原に出た。
どうやら森から出られたらしい。
遠く、山の向こうから太陽が顔を出す。辺りも明るくなってきた。
私は思わず足を止めてそれを眺めていた。ぽかん、と口が勝手に開く。
世界はきれいだなあ。
ギギは足を止めた私に気付いたようで、少し先で足を止めて私を待っていてくれた。
日の出からギギへと視線を向けると、じっと見つめてくる深海の瞳。
私はへらりと笑みを浮かべて、ぺたぺたとギギに駆け寄った。
手を軽く掴まれ、また歩き出す。えへへ、手繋いじゃった。
「次はどこ行くの?」
「行きたいところはあるか?」
背の高いギギの顔を見上げて質問してみると、質問で帰ってきた。
行きたいところ?……うーん。
神様が言うには、私はこの世界に存在しているだけでいいのだ。
私は世界を見てみたい。でも別にそれはどこだっていい。
どこに行きたいの?どこに居たいの?
「ギギの傍かな」
「……ハン」
笑われた。
馬鹿にされているというよりは、当たり前だろ、みたいな雰囲気を感じた。
「んー、じゃあ、服が欲しいかな」
「……ああ、それもそうだな」
真面目に答えてみると、ギギも私を見て頷いた。
今着ているのはギギのコート一枚だけだ。
靴もない。下着すらない。
別に寒くはないんだけど、借りっぱなしは彼に申し訳ない。
だって寒さを感じない私と違って、彼は寒いはずなのだ。
あとギギのすーぱーせくしーぼでぃを私以外に見せたくない感。
「良いだろう、買ってやる」
「えっ。……いいの?」
欲しいとか言ったのは私なんだけど、思わず聞いてしまった。
また鼻で笑われる。
ギギは唐突に立ち止まると、空いた方の手で私の長い髪を一束掬い、それに軽いキスを落とした。
「こんなにも美しいというのに着飾らないのは勿体ないだろうが」
それだけ言ってじっと私の目を見つめる。
唐突なことに驚いて目を見開いていたら、ギギはまた鼻で笑ってすたすたと歩き始めたのだった。
……ずっるー!せっこー!
卑怯だろそれ!こんなもん誰でも惚れるわ!
いや惚れてたわ!もう最初から惚れてたわ!
急激に熱を持ちはじめた頬。
顔はもうふにゃふにゃで、上手く返事が返せないまま繋いだ手をぎゅっと握った。
ギギは喉をならして肩を揺らしている。
「街に着くまでに治しておけよ、その顔」
「ふぇい……」
あなたのせいですよ。
あーなーたーのー!
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