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私は体を起こし、伸びっぱなしの黒髪をぐしゃぐしゃ混ぜてから手櫛で撫ぜた。
ええその。最高でした。ありがとうございます。
いやあ、いいものですね。思ってたよりもすっごく。
詳しくは私に刺激が強すぎるので割愛。思い出し逝きできるよぉ……はわわ……。
しかし本当に死ぬけど死なないなあ。意識はたまに飛ぶけどパッと戻って元気なもんだ。
神様(推定)本当にありがとう。
少しにやけながら辺りを見回す。
なにがあったのかと言うほどに赤く染まった半径3メートル。
なにがあったって……ナニがあったんですよ。言わせんな恥ずかしい。
それだけのことがあったのにどこにも血の汚れの見当たらない男は、静かに木にもたれて眠っていた。
私は何もなかったかのように傷一つない腹を満足気に撫でて、……あ。
そういえば服無くなっちゃったんだった。
視線をさ迷わせると、ぼろきれになった白かったはずのワンピースが落ちていた。
うん、着れない。ごめんね神様(推定)
うーん、全裸でもまあ気にしないとはいえ、別に全裸でいたい訳じゃないんだけどなー。
「ねえねえ」
「んん……」
「ねえってば」
休んでいる男の肩を掴んで揺らす。
薄く目を開いたので、その顔を覗き込む。それにしても本当にイケメンね。
「どうした」
「服がないの」
私の言葉を聞いた男の顔がすごく面倒くさそうに歪む。
えーん。だって替えの服なんて持ってないし、そもそも服ダメにしたのあなたじゃないのー。
男は全裸の私を眺めて考え込む。
しばらくして思い付いたのか、眉間のシワを隠さないまま着ていたコートを脱いだ。
灰色のハイネックに包まれた上半身は、しっかりしているのに腰が細くてなんだかすっごくせくしー。きゃっ。
「……これでも着てろ」
頬に手を当てて照れていた私に投げ付けられたのは、今脱いだばかりの彼が着ていた黒いコート。
わぁい。服ゲットだー。もぞもぞ。
おお……そんなに長いコートでもないのに、膝まで隠れた。身長差が伺えますね。
これはアレだな、彼シャツ……というか彼コートというやつだなっ。えへへ。
……うーんしかし、一回寝た程度で彼女ヅラするのは良くないだろーか。
私はふぉーりんらぶなんだけど、彼がそうとは限らない。世の中にはちょっと遊んでそこで終わりの男がごまんといるらしいのだ。
本意を探れないものかとじっと男を見つめてみるが、男はそんな私を無視して目を閉じた。
むむむ、賢者モードですかコノヤロー。やっぱり心読むパゥワも欲しかったかもしれない。
とりあえず、色々考えても仕方がないので目を閉じた男の隣に座る。
……そういえばまだ名前も聞いてないんだなあ。
まあ、いっか。相性よかったし。
死ぬほど痛め付けられたい私に、死ぬまで痛め付けたい彼。
しかもそこに私は不老不死とかいう要素もついてくる。
素晴らしい相性じゃないか!
……これからどうしようかなあ。
創作通りに行くなら、同行者についていってここが何処か調べるべきなんだけど……。
調べても、ねえ。私頭がダメだから多分わかんないし。
何かしたいことは?とか考えても……うー?死にたいです?いやいや。
色んな世界を見てみたいけど、どうすれば世界を見れるのかもよくわかんない。歩けばいいのかな?
うー……彼に無理についていったら殺されるかなあ。
殺されるのは大いにアリアリなんだけど、その状態で置いてかれたら切ないし……。
まあ彼が起きてから考えよう。起きたら、ついていってもいいかって聞いてみるのだ。
……んん……。
あっ。魔法。そうだ魔法。
すっごくすっごい魔法の才能とかいうの貰ってたわ。
ああでも、使い方分かんないから意味がない。どうすればいいのかな。
やってみればいいか。色々試してみよう、と私は立ち上がる。
がし。腕が掴まれる。
私を掴んだものに視線を向けるとそれはやはり男の手だった。
閉じていたはずの深海がこちらをじっと睨み付けている。
いや寝たんじゃなかったのかよ。
「何処へ行く」
腕を強く引かれて私は男の膝に倒れ込む。
……これは独占欲を持たれてるって思ってもいいんだろうか。
どこにもいくなって副音声を勝手につけると、なんだかちょっと恥ずかしくなった。
「魔法を試してみようかと」
「使ったことが無いのか?」
探るように細めた目に見つめられて、ちょっぴり照れながら頷く。
この目、すごくいい。すごく好きな表情だ。責められてるみたいで。
「……俺が教えてやろうか?」
ひた、と冷たい手がむき出しの白いお腹に触れる。
人差し指でへそをくるりとなぞられ、くすぐったくて身を捩ると男は口角を少し上げた。わー胡散臭い笑顔。
「いいの?」
「火を見たことはあるか?」
私の言葉には答えず質問をしてくる。
あまりにも唐突な問いだったのでちょっと戸惑いつつも、テレビで見たことのあるものなので一応頷いておく。
実際に燃えてるのを見たことある訳ではないけど、まあセーフだろう。
そんなことを知ってか知らずか、男の口元がきゅうっと笑みに歪む。
なぞるのをやめた手がぺたりとお腹を覆い、指が少し食い込むくらいに押し付けられる。
「"炎よ"」
――一瞬、何が起きたのか分からなかった。目をお腹へ向けてすぐに理解する。
男の手のひらとお腹の間から、真っ赤に燃える炎が溢れていた。じりじりと、私のお腹を焼きながら。
あ、つい、痛い!お腹が……焦げ、てく……!
「ひ、っぎ」
ぼろ、と私の目から生理的に大粒の涙がこぼれる。男の手へ落ちていったそれは音を立てて蒸発していった。
まるで全身が沸騰しているみたいに熱くてたまらない。
身体が勝手にくの字に曲がって逃れようとするが、炎を纏った手は執拗に追いかけてくる。
「どうだ?」
ひどく楽しそうに笑った男の頬には一筋の汗が垂れていた。ぺろ、と舌なめずり。
……ああ、察した。体験して覚えろ、ってか。
はは、ひどいひと。最高だよ。
涙と汗でぐしゃぐしゃの顔にへらりと笑みを浮かべると、戦慄いた唇にキスがひとつ。
真っ黒に炭化したお腹から燃える手が離れていった。
自分のものじゃなくなったかのような感覚に、恐る恐る確かめるようにお腹を撫でる。
わあ、おへそがいなくなってる。手のひらが黒く汚れた。
「……火って、すごい」
「そうか」
さりさりと撫でているうちに黒いお腹が赤黒く変わっていき、やがて肌色を取り戻していく。
まるでビデオの時間を巻き戻しているみたいに、再生していく。
壊すのが楽しいのだろう男は、どうやらそうやって治っていくのも愉快で仕方ないらしい。
お腹の様子を眺めながらくつくつと喉をならして肩を揺らし、慈しむように私の後頭部を撫でている。
3分もしないうちに元の真っ白で滑らかなお腹に戻った。どこかに行ってたおへそも帰ってきた。
「覚えたか?」
こくり、と頷く。
あんなすごいもの、忘れようったって忘れられないよ。
するりと男の手が私の頬を撫で、髪を梳く。
この冷たい手が先ほど私の腹を焼いていたのだと思うと、愛しくてたまらない。
「次はどうしてほしい?何を覚えたい?」
耳元に囁かれる愉悦に満ちた掠れた言葉。
どうやら彼は私のおねだりをご所望らしい。
「……じゃあ、あなたの好みを教えてほしいな」
そうやって笑顔と共に呟いた言葉はどうやら男の望むものだったらしく、男は楽しそうな笑みを浮かべて私の腹を撫でた。
まるで妊婦の膨れた腹を愛でる夫のように、優しく。
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